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[HGG01-09] 環境問題及び自然災害を引き起こす大陸部東南アジア山地の地生態と人間社会の変化に関する地球科学と社会科学の対話の枠組み
キーワード:環境問題、自然災害、東南アジア、人間地生態学、人新世
大陸部東南アジア山地とは,ミャンマー東部,タイ北部,ラオス北部,ベトナム北西部,中国雲南省にまたがる海抜概ね500~2000 mの山がちな高地である.地質では石灰岩・ドロマイトに特徴付けられるテチス海起源の堆積岩が卓越し,気候は雨季と乾季が明瞭で,雨季には短時間のスコールが卓越するが台風やサイクロンを含め長時間の豪雨にも見舞われる.この地域には多くの山地民族が自然資源を利用して暮らしてきた歴史と文化がある.
大陸部東南アジア山地の西部,ミャンマー・シャン高原に立地するインレー湖流域には,シャン族,パオー族,タウンヨー族,パラウン族,インダー族などの民族が住み,谷底部では稲作,斜面では森林を開墾した畑作が行われてきた.20世紀後半に起こった流域での農地拡大,湖での浮畑農業の拡大,湖沿岸での生活変化や観光産業の拡大などの結果として,流域や湖沿岸から大量の土砂や汚濁水が湖域に流入し,湖域環境と住民生活に影響を与えている(Furuichi 2007, 湯浅 2021).流域において環境負荷を増大させている要因は,基本的に,山地民族の生活資源としての森林利用の変化,生産資源としての山地斜面利用の変化,そして自給を超えた余剰生産(現金)が必要な村落経済への変化,すなわち生計の変化である(岡本 2018, 2019).
一方,大陸部東南アジア山地における森林利用変化や山地斜面利用変化は,土壌侵食・土砂堆積,水質劣化といった「環境問題」に留まらず,斜面崩壊や土石流などが被害をもたらす「自然災害」を誘発していることが認識されつつある(古市ほか 2021).ベトナム北西部山地では2018年夏季の大雨で多くの斜面崩壊・土砂災害が発生したが,土地利用変化が関係していた可能性が高い(村上ほか in prep).
大陸部東南アジア山地などにおける森林利用変化や山地斜面利用変化を要因とした環境問題や自然災害への対策を考える際には,地球科学や社会科学の知見を持ち寄って議論・対話する必要があることはこれまで多く指摘されてきた.ここではインレー湖流域における研究を事例として参照しつつ,「対話」に関する枠組みを検討する.
1.科学を超えた目的としての対話
現象を客観的に観察し,分析し,説明することが科学の目的であり,インレーの山地環境やベトナムの山地防災に関しても,地生態的な環境変化のメカニズムを定量的に理解すること,山地住民の生計変化の実態を理解することが科学の役割である.しかし,分析結果として説明された地生態変化と生計変化との「対話」なしには,環境問題や自然災害に対して社会や人間はどういう解決を目指すべきなのか,それぞれの研究は一体どこへ向かっているのかという,科学を超えた社会としての,また人間としての目的が見えてこない.経済だけでなく歴史や文化の多様性や価値感も深く関わる山地社会の変化と山地の環境問題や自然災害との関係性に対して,普遍的な型や普遍的な対策があるとは思われない.対話とは,一面において,科学を超えた目的をもつ態度であり方法なのではないか.
2.地球と人間の相互関係を理解する科学
しかし,現代の科学は地生態変化と生計変化との「対話」を方法論の一つとして捉える試みも進めてきた.Human ecology(ここでは Human geo-ecology(人間地生態学)と呼びたい)では,調査分析の枠組みとして環境や自然資源(すなわち,地球)の変化や変動とその原因や結果としての人間や社会の変化との多様なフィードバック関係を分析・考察する.「対話」を科学を超えた態度や方法とは考えず,地球と人間との関係性を分析するための科学的な方法論の一つとして捉える試みは,人新世(Anthropocene)研究の枠組みとしても,地球科学や社会科学がより関心を持って注目する価値があるのではないか.
3.対話を可能にする方法論としての時間スケール
地球と人間のフィードバック関係を考察するには,双方の時間スケールを対応させる必要がある(上田ほか 2021).岡本(2019)は経済学の立場から20世紀半ば以降中央平地国家と周辺山地社会との関係性が変化して大陸部東南アジア山地社会に大きな社会経済変容を引き起こし,そのことが環境や自然資源に対してインパクトを与えたことを述べているが,この時間スケールは地球科学で議論が進む人新世の時間スケールとほぼ完全に一致する.一方で,人間地生態の視点からは,20世紀半ば以前の「伝統的」な自然と人間との関係を理解し,その関係が現代山地社会の諸条件下で持続的かどうかの考察も含め,より長い時間スケールで地球と人間のフィードバック関係の歴史性を俯瞰し,対話の時間範囲を広げることにも意味があるだろう.
大陸部東南アジア山地の西部,ミャンマー・シャン高原に立地するインレー湖流域には,シャン族,パオー族,タウンヨー族,パラウン族,インダー族などの民族が住み,谷底部では稲作,斜面では森林を開墾した畑作が行われてきた.20世紀後半に起こった流域での農地拡大,湖での浮畑農業の拡大,湖沿岸での生活変化や観光産業の拡大などの結果として,流域や湖沿岸から大量の土砂や汚濁水が湖域に流入し,湖域環境と住民生活に影響を与えている(Furuichi 2007, 湯浅 2021).流域において環境負荷を増大させている要因は,基本的に,山地民族の生活資源としての森林利用の変化,生産資源としての山地斜面利用の変化,そして自給を超えた余剰生産(現金)が必要な村落経済への変化,すなわち生計の変化である(岡本 2018, 2019).
一方,大陸部東南アジア山地における森林利用変化や山地斜面利用変化は,土壌侵食・土砂堆積,水質劣化といった「環境問題」に留まらず,斜面崩壊や土石流などが被害をもたらす「自然災害」を誘発していることが認識されつつある(古市ほか 2021).ベトナム北西部山地では2018年夏季の大雨で多くの斜面崩壊・土砂災害が発生したが,土地利用変化が関係していた可能性が高い(村上ほか in prep).
大陸部東南アジア山地などにおける森林利用変化や山地斜面利用変化を要因とした環境問題や自然災害への対策を考える際には,地球科学や社会科学の知見を持ち寄って議論・対話する必要があることはこれまで多く指摘されてきた.ここではインレー湖流域における研究を事例として参照しつつ,「対話」に関する枠組みを検討する.
1.科学を超えた目的としての対話
現象を客観的に観察し,分析し,説明することが科学の目的であり,インレーの山地環境やベトナムの山地防災に関しても,地生態的な環境変化のメカニズムを定量的に理解すること,山地住民の生計変化の実態を理解することが科学の役割である.しかし,分析結果として説明された地生態変化と生計変化との「対話」なしには,環境問題や自然災害に対して社会や人間はどういう解決を目指すべきなのか,それぞれの研究は一体どこへ向かっているのかという,科学を超えた社会としての,また人間としての目的が見えてこない.経済だけでなく歴史や文化の多様性や価値感も深く関わる山地社会の変化と山地の環境問題や自然災害との関係性に対して,普遍的な型や普遍的な対策があるとは思われない.対話とは,一面において,科学を超えた目的をもつ態度であり方法なのではないか.
2.地球と人間の相互関係を理解する科学
しかし,現代の科学は地生態変化と生計変化との「対話」を方法論の一つとして捉える試みも進めてきた.Human ecology(ここでは Human geo-ecology(人間地生態学)と呼びたい)では,調査分析の枠組みとして環境や自然資源(すなわち,地球)の変化や変動とその原因や結果としての人間や社会の変化との多様なフィードバック関係を分析・考察する.「対話」を科学を超えた態度や方法とは考えず,地球と人間との関係性を分析するための科学的な方法論の一つとして捉える試みは,人新世(Anthropocene)研究の枠組みとしても,地球科学や社会科学がより関心を持って注目する価値があるのではないか.
3.対話を可能にする方法論としての時間スケール
地球と人間のフィードバック関係を考察するには,双方の時間スケールを対応させる必要がある(上田ほか 2021).岡本(2019)は経済学の立場から20世紀半ば以降中央平地国家と周辺山地社会との関係性が変化して大陸部東南アジア山地社会に大きな社会経済変容を引き起こし,そのことが環境や自然資源に対してインパクトを与えたことを述べているが,この時間スケールは地球科学で議論が進む人新世の時間スケールとほぼ完全に一致する.一方で,人間地生態の視点からは,20世紀半ば以前の「伝統的」な自然と人間との関係を理解し,その関係が現代山地社会の諸条件下で持続的かどうかの考察も含め,より長い時間スケールで地球と人間のフィードバック関係の歴史性を俯瞰し,対話の時間範囲を広げることにも意味があるだろう.