日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2022年5月27日(金) 13:45 〜 15:15 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:Ki-Cheol SHIN(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)

14:00 〜 14:15

[HTT18-02] 山地源流域におけるストロンチウム安定同位体比を用いた基岩内地下水動態の把握 -花崗岩山地と付加体堆積岩山地の比較-

*勝山 正則1、滝澤 遼2、新長 千聖2申 基澈3、正岡 直也4、小杉 賢一朗4 (1.京都府立大学大学院生命環境科学研究科、2.京都府立大学生命環境学部、3.総合地球環境学研究所、4.京都大学大学院農学研究科)

キーワード:基岩地下水、花崗岩、付加体堆積岩、ストロンチウム安定同位体比、水資源、深層崩壊

源頭部に位置する森林流域においては、土壌-基岩境界面以下に浸透し、基岩内部を移動する地下水が存在する。この基岩地下水は貯留される水資源として、森林の水源涵養機能の本質を担っている一方、深層崩壊の誘因ともなるなど、その動態解明が必要である。このパターンは基岩地質によっても変化することが考えられる。本研究では、ボーリング孔の設置と地下水位の観測から地下水の存在形態が観測されている流域を対象に、地質を反映するストロンチウム安定同位体比(87Sr/86Sr)を用いたトレーサー観測を組み合わせることで地下水流動過程を考察する。
観測は花崗岩山地と中古生層付加帯堆積岩山地の2流域を対象とした。花崗岩山地は琵琶湖の南に位置する滋賀県大津市の不動寺試験地である。この試験地は6つの隣接する支流域(F1~F6流域)で構成されており、各支流域内で地下約30mまでの範囲に1層の地下水帯の存在が確認されている。各流域に基岩内の深度まで設置されたボーリング孔のうち、34地点から基岩内地下水を採取した。また各流域の渓流水及び1か所のボーリングコアの岩石サンプルも採取した。一方、中古生層付加帯堆積岩山地は琵琶湖の西に位置する滋賀県大津市の葛川試験地である。この試験地は、丹波帯に属し、地下約60mまでの範囲に地下水層が2層(浅い層・深い層)確認されている。試験地内では、近くを通る花折断層帯に並行する付随断層の活動によって生成されたガウジ粘土により地下水が遮断され、この付随断層沿いに複数の湧水点が存在する。基岩内の深部まで設置されたボーリング孔のうち、28地点・45本から基岩内地下水を採取し、同時に地下水位を観測した。また、3箇所の湧水、及び16地点のボーリング孔から34個の岩石サンプルも採取した。以上の採取された水および岩石サンプルの87Sr/86Srを測定した。
不動寺試験地の岩石サンプルは風化が進んでいる部分の87Sr/86Srが大きくなった。ボーリングコアの柱状図によると、平均地表面標高の低い支流域では、より風化が進んでおり、同時にその支流域では基岩内地下水の87Sr/86Srは大きい傾向が見られた。風化が進んでいる岩石との接触により、値が大きくなったと考えられる。その一方で、渓流水の87Sr/86Srは基岩内地下水と同様に平均地表面標高が低い支流域で大きい傾向が見られたが、中央に位置する一つの支流域(F3流域)ではこの関係から外れ、87Sr/86Srが最も大きくなっていた。地下水位の等高線図から隣接する支流域(F2、F4流域)から地下水がF3流域に向かって移動する動水勾配が観測された。87Sr/86Srの分布を見ると、F3流域の流域界付近のF2、F4流域の地下水では87Sr/86Srは大きいことから、地表面の流域界を超えてF3流域の渓流水に寄与している地下水の範囲が示された。
葛川試験地では、地下水は同じ地点であっても深度が異なると87Sr/86Srが異なることが分かった。また、岩石は岩種によって87Sr/86Srが異なることが分かった。地下水の87Sr/86Srと岩石表面の交換性Srの87Sr/86Srはおおよそ1:1の直線上にプロットされることから、地下水の87Sr/86Srは岩石表面の87Sr/86Srを反映していると考えられる。地下水位コンター、2成分混合解析及び、87Sr/86Sr分布図を用いて地下水流動の推定を行ったところ、流量が多いC1湧水は、深部の大きな地下水帯に涵養されている可能性が高いことが分かった。一方で、C1湧水から約90m離れた場所にある、流量の少ないM1湧水は、浅く、小さい地下水帯から涵養されていることが推測された。
Srトレーサー適用により、花崗岩からなる不動寺試験地では各支流域の渓流水がその支流域の地下水のみで構成されるのではなく、支流域間の地下水移動が渓流水形成に影響を及ぼす実態が示された。また、地下水の等高線図と87Sr/86Srの分布をあわせて考察することで、渓流水に対する地下での集水域が明らかになった。すなわち、比較的均質な地質からなる流域においても、地表面地形から推定される集水域を越えた地下水流動が起こっていることから、トレーサー適用により、地中の集水構造の不均一性を示すことが出来た。
一方、地質構造が複雑な付加帯堆積岩山地からなる葛川試験地では、近接する湧水間においても、地下水帯や集水域の違い、及び涵養源の地質の多様性が存在し、これが湧水の量や水質に大きく関連していることが示された。降雨による深層崩壊の発生は、長期間の降雨や地下水流動に起因すると考えられ、特に付加体山地で多く発生すると考えられている。本研究で示された地下水流動の複雑性は、深層崩壊発生機構に多様性が生じる要因となっているものと考えられる。