日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2022年5月27日(金) 13:45 〜 15:15 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:Ki-Cheol SHIN(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)

14:15 〜 14:30

[HTT18-03] マルチトレーサーを用いた仙台市宮城野区の地下水の水質特性把握と涵養域の推定

*藪崎 志穂1SHIN Ki-Cheol2柴崎 直明3、磯倉 遥希3 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類、2.総合地球環境学研究所、3.福島大学 共生システム理工学類)

キーワード:仙台市沿岸域、地下水、水質、87Sr/86Sr、マルチトレーサー、地下水流動

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した津波は,関東地方から東北地方の沿岸域に甚大な被害をもたらした。これには沿岸近くの地下水の塩水化の被害も含まれている。津波の影響を受けた地下水は高濃度の塩分を含むことになるため,生活用水や工業用水,農業用水としての利用が難しくなり,また沿岸域を生息域とする動植物の生態系にも影響を与えることになる。一般的には時間の経過と共に地下水中の塩分濃度は減少するため,震災から約11年が経過した現在ではその影響がほとんど見られなくなった地域がある一方で,未だ塩水被害が生じている地域も存在している。将来に向けた沿岸域での適切な地下水利用を構築するためには,地下水の水質や地下水流動,滞留時間を把握することが不可欠である。そこで,本研究では津波の浸水被害を受けた宮城県仙台市沿岸域を対象として地下水の調査を行い,地下水の水質特性を求め津波被害の現況を把握し,また地下水の涵養域や滞留時間を推定して今後の地下水利用に資する情報を蓄積することを目的として,調査・研究を実施している。
 調査対象地域は宮城県仙台市宮城野区の新浜地区で,2018年12月から同地域の民家井戸を中心に調査を行い,水路1地点(No.1),浅井戸1地点(No.6),深井戸5地点(No.3,4,5,7,8)を対象とした。2020年2月からは新たに掘削した3か所の地下水観測井(F-1,F-2,F-3)の調査も併せて実施している。水路は別名「貞山堀」と呼ばれており,昔から運河として利用されている。井戸の深さは浅井戸で3.1 m,深井戸は約30 mである。観測井の深さは,F-1は29 m(ストレーナー:26~30 m),F-2は15 m(ストレーナー:7~15 m),F-3は10 m(ストレーナー:2~10 m)で,F-1とF-2はほぼ同じ場所(農地の一画)に設置し,F-3は海岸の近く(砂地)に設置された。なお,本研究では,井戸深度が30 m未満を浅井戸(浅層地下水),30 m以上を深井戸(深層地下水)と定義している。これは,本研究対象地域では地表面から20~30 m付近に粘土やシルトなどの難透水性の地層が堆積しており,この難透水層を境に帯水層が異なると考えられるためである。
 現地調査では水温,EC,pH,ORPを測定し,観測井では水温,EC,pHの深度別データの計測も実施している。また,水質測定用に採取した試料は0.22 μmのシリンジフィルターによりろ過を行った後,冷暗所で保管し,無機溶存イオンはイオンクロマトグラフ(ICS-3000,ICS-6000),HCO3-はpH4.8アルカリ度滴定法,微量成分(51元素)はICP-MS(Agilent 7500cx),δ18Oとδ2HはCRDS法(Picarro L2130-i,Picarro L2140-i)により測定を実施した。また,一部試料については,ストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)をMC-ICP-MS(NEPTUNE Plus)にて測定した。深井戸と観測井については,滞留時間を推定するためのCFCsとSF6分析用の試料を2019年1月と2020年8月に採取し,ECD付きガスクロマトグラフによって各濃度を測定した。
 各分析の結果より,以下のことが明らかとなった。1)水路の水質はNa-Cl型で溶存成分量は非常に高く,δ18Oやδ2H,微量成分などの結果から,海水と河川水,降水が混合していることが示された(一部,浅層地下水の混入の可能性も有り)。一方で,ECは海水の1/10~1/4程度であり,時期によって溶存成分濃度に変動が認められることから,各水塊の混合割合は変化していると考えられる。2)浅層地下水の水質組成は(Na+Ca)-HCO3型で,溶存成分量は相対的に少なく,また変動を有することから,降水イベントの影響を受けていると考えられる。3)深層地下水では殆どの地点でNa-HCO3型を示すが,沿岸に近い1地点ではNa-(Cl+HCO3)型を呈しており,この地点では海塩(化石海水)の影響を受けている可能性がある。また,いずれも水質の変動はなくほぼ一定しているため,降水イベント等の影響は受けていない。4)観測井の水質は,F-1はNa-HCO3型で溶存成分量の変動は無く,他の深井戸(深層地下水)の水質組成とほぼ一致しているため,同じ帯水層の地下水であると考えられる。F-2はNa-Cl型でCa2+とMg2+もやや多く含まれており,F-3はNa-Cl型を示している。F-2とF-3は共に溶存成分量が高く,他の微量元素やδ18O,δ2Hなどの特徴から海水の影響を受けていることは明らかであるが,ECは海水の1/3~1/2程度で,δ18Oとδ2Hは0‰より低いため,地下水と海水が混入していると予想される。ストロンチウム同位体比の結果もこの推定を示唆しているが,両者の水質の特徴には若干の違いが認められ,この差異の要因については現在検討中である。また,水同位体比を用いてF-2とF-3の混合率を試算したところ,地下水約70%,海水約30%の結果が得られた。5)滞留時間の推定結果から,深井戸および観測井F-1では60~70年ほどの値が得られた。また,深層地下水のδ18Oやδ2Hと流域の高度効果を比較検討した結果,地下水の涵養域は地点によってやや異なっており,全体としては,仙台平野よりも内陸に位置する台地から奥羽山脈の山麓付近(標高120~300 m付近)で涵養されている可能性があることを把握できた。
 以上のように,複数のトレーサー(マルチトレーサー)を用い検討することで,単独のトサーサーのみでは把握できない情報を得ることができた。今後は複数のトレーサーの結果を比較しながら考察を進めて,仙台市沿岸域の浅層地下水および深層地下水の水質形成要因や地下水流動の解明に取り組む。