日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2022年5月27日(金) 15:30 〜 17:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:Ki-Cheol SHIN(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)

16:30 〜 16:45

[HTT18-11] 炭素安定同位体比を利用した街路樹の大気汚染ストレス診断-COVID19による産業活動停滞の影響検出の試み

*半場 祐子1、松浦 拓海1、岡本 耀介1、松本 真由1、清水 啓史1、籠谷 優一1 (1.京都工芸繊維大学)

キーワード:炭素安定同位体、同位体分別、光合成、気孔、水利用効率、二酸化窒素

日本の都市部において、自動車などから排出される大気汚染物質である窒素酸化物の問題が特に顕著となったのは1985年以降である。1990年代なかば以降は、大気中の窒素酸化物の量は全般的に着実に減少しており、2019年には京都市において、二酸化窒素の大気中の濃度は、ピーク時の1/3近くまで減少している地点もあった。都市部における大気中の二酸化窒素の量は、大気汚染防止法などの規制だけでなく経済産業活動を強く反映しており、例えば2009年のリーマンショック時には大幅に落ち込んでいる。

都市に植栽されている街路樹は、樹冠での大気汚染物質の吸収や捕捉、緑陰形成による高温化の抑制、光合成による二酸化炭素の吸収などの多くの効用を持つ。光合成は街路樹の生長や生存を支える生理的な働きであるため、光合成活性を維持することは、都市部で樹木が生存していくためには必須である。しかし、光合成に必要な二酸化炭素を取り込む「気孔」は、大気汚染ストレスを感じるといち早く閉じてしまい、その結果、光合成が低下する。我々は、街路樹の気孔のはたらきを現場で診断できる技術として、葉に含まれる光合成産物の炭素安定同位体分別(Δ13C)に着目し、大気汚染レベルとΔ13Cとの関係を調査した。その結果、低木の街路樹であるヒラドツツジでは、交通量の増加に伴う二酸化窒素量の増大に伴って気孔が閉鎖していることが明らかとなった。すなわち、大気中の二酸化窒素の光合成機能への悪影響が明瞭に認められた。一方、高木であるイチョウについては、Δ13Cは大気中の二酸化窒素濃度変化に対してほぼ一定であったことから、大気汚染物質の光合成機能への影響は限定的であることが示唆された。

COVID19の流行によって、日本においても経済産業活動の低下が生じている。このことは、大気中の二酸化窒素量の減少をもたらし、結果として、大気汚染物質の影響を受けやすい街路樹の光合成機能低下を緩和している可能性がある。我々は、2005年から2021年にかけて断続的に、京都市を中心とした都市域で街路樹の葉を採取してΔ13C解析を行っているため、葉のΔ13Cの経年変化を追跡することにより、街路樹の光合成機能に、COVID19による経済産業活動の低下がどのように影響したのかを検出できる可能性がある。

調査の方法および目的は次の通りである。
交通量が異なり、大気中の窒素酸化物の濃度が異なると予想される調査地を2005年〜2020年に京都市内を中心として選定高木の街路樹であるヒラドツツジ、ソメイヨシノおよびイチョウの葉を採取してΔ13Cを算出し、調査地点における二酸化窒素濃度との関係を明らかにする。Δ13Cの算出にあたっては、実測した大気中の二酸化炭素の炭素安定同位体比をもちいた補正を行なう。窒素酸化物の量については、国立環境研究所から提供されているデータベースの値を用いる。
京都市における2005年−2021年の二酸化窒素濃度を解析したところ、特に交通量が多い観測局において、リーマンショックが起こった2009年に大幅な落ち込みが見られ、さらに2020年と2021年にも落ち込みがみられたことから、COVID19による影響が二酸化窒素濃度の減少となって現れていることが明らかになった。ただし、2020年と2021年の二酸化窒素濃度の減少幅は、2009年のときよりは緩やかであった。今後は葉のΔ13C解析を行い、COVID19によって光合成機能への悪影響が緩和されたかどうかを明らかにする予定である。