日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2022年5月29日(日) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (12) (Ch.12)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:Ki-Cheol SHIN(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)

11:00 〜 13:00

[HTT18-P01] 福島県沿北部岸域の地下水,湧水,河川水の87Sr/86Srの特徴把握とマルチトレーサーを用いた涵養域の推定

*藪崎 志穂1SHIN Ki-Cheol2 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類、2.総合地環境学研究所)

キーワード:福島県沿岸域、87Sr/86Sr、涵養域、地下水、河川水、マルチトレーサー

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の発生に伴い,福島県沿岸域では広範囲に渡り津波の影響を受けた。建物が流されるだけでなく,道路や堤防などが損壊し,砂防林など大量の樹木なども流されて甚大な被害が生じた。また,沿岸域の農地では海水が浸水したことに起因する塩水被害が広範囲で認められ,一部の地域では津波で流された化学物質による土壌・地下水汚染が生じた。さらに,地震の後に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い大気中に多量の放射性物質が放出され,それらが土壌や農作物に移行し,高濃度に汚染された地域も確認され,健康や環境への影響も含めて大きな問題となった。また降水が地表面から地下へ浸透する際に地表面に蓄積した放射性物質が挙動を共にした場合,放射性物質の半減期や濃度によっては,現時点では検出されずとも,将来的に地下水中で検出される可能性も否めない。例えば,137Cs(半減期30.16年)による海洋汚染の研究事例が報告されており,134Cs(半減期2.06年)なども併せた放射性物質の地下水中における挙動のモニタリングの必要性も指摘されている。地下水の塩水化や放射性物質の状況把握および対策を講じるためには,現在の地下水の水質データを収集・蓄積し,地下水の涵養域や地下水流動を把握することが重要である。そこで,本研究では,福島県北部沿岸域とその周辺地域を対象として,地下水等の水質特性,涵養域,地下水流動等を明らかにすることを目的として調査を行った。
 研究対象地域は福島県北部沿岸域(新地町,相馬市,南相馬市,浪江町など)とこれらの地域の地下水涵養域と見込まれる内陸の阿武隈高地(飯舘村など)とし,地下水,湧水,河川水などの調査を2014年4月から実施している。また,幾つかの地点では水質の変化を把握するために,定期観測を継続して行っている。さらに,流域内の高度効果を把握するために,複数地点での降水採取も行った。
 現地調査では,水温,EC,pH,ORPを測定し,可能な場所では地下水位および湧出量を計測した。また,水質測定用の採水も行い,試料水は0.22 μmのシリンジフィルターによりろ過を行った後,冷暗所で保管した。分析項目として,無機溶存イオンはイオンクロマトグラフ(ICS-3000,ICS-6000),HCO3はpH4.8アルカリ度滴定法,微量成分(51元素)はICP-MS(Agilent 7500cx),δ18Oとδ2HはCRDS法(Picarro L2130-i,Picarro L2140-i)によりそれぞれ測定を実施した。ストロンチウム同位体(87Sr/86Sr)はMC-ICP-MS(NEPTUNE Plus)にて測定した。また,地下水および湧水で専用の採水法が適用できる地点では,滞留時間を推定するためのCFCsとSF6分析用の試料を採取し,ECD付きガスクロマトグラフによって濃度を測定した。本発表では,これまでに得られた結果のうち,地下水,湧水,河川水の87Sr/86Srの特徴と涵養域についての考察の結果に焦点を当てて報告する。
 調査地域の87Sr/86Srの値は0.70545~0.71191の範囲に分布しているが,一部地点を除くと海水の同位体比(=0.70918)よりも低い値を示している。なお,87Sr/86Srが高い地点は温泉水の試料である。上記を除く地点について詳細にみると,87Sr/86Srは0.708~0.709と,0.708以下を示す2つのグループに大別することができる。前者の相対的に高い同位体比を示す地点では,多くが自噴井や深井戸(深層地下水)に相当している。一方,後者の相対的に低い同位体比を示す地点は,沿岸域の湧水や浅井戸(浅層地下水),河川水が主体となっている。これまでの調査結果において,自噴井や深層地下水は水質組成や水同位体比の結果から内陸部の阿武隈高地で涵養されている可能性が高いことが示唆された。阿武隈高地では花崗岩や花崗閃緑岩が広く分布し,当該地域を構成する地質の主体となっている。花崗岩地域の水の87Sr/86Srは,既存研究において0.708~0.709前後の値を示すことが報告されている(Jomori et al, 2017)。上述した自噴井や深層地下水の87Sr/86Srは概ね上記の範囲内を示しており,すなわちこれらは阿武隈高地で涵養された水ということになり,水質組成や水同位体比から推定した結果と整合している。一方,沿岸域の湧水や浅層地下水はこれまでの調査により沿岸近くの台地部で涵養されたものが主体となっていることが示されており,これらの地域には主に堆積岩が分布している。従って,湧水や浅層地下水の87Sr/86Sr(概ね0.708以下)は堆積岩地域の水の特徴を示していると考えられる。また,調査地点の中には水質組成や水同位体比に2011年の津波の影響が認められた湧水や地下水があったが,これらの地点の87Sr/86Srは相対的に低い値(0.706~0.707)を示していた。仮に海水が混入している場合には,試料水のSr同位体比は海水の値である0.709近くの高い値を示すはずであるが,湧水や地下水のSr同位体比は上昇していないことから,海水そのものの混入ではなく,海水が浸水した際に溶存成分(塩分等)が土壌粒子に吸着し,海水が排出されたのちは降水イベントの発生により吸着された成分が湧水や地下水に溶出して,海水の成分を多く含む水質が形成されていると考えられる。この推定は水質や水同位体の考察結果と矛盾がない。
 以上のように,本研究対象地域では87Sr/86Srの値を地下水等の涵養域把握に利用することが有効であることが示された。今後は津波被害を受けた地点の水質組成とSr同位体比の変化の相互関係や,Sr同位体比を含めたマルチトレーサー法による地下水流動解析を行ってゆく。