日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2022年5月29日(日) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (12) (Ch.12)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、コンビーナ:Ki-Cheol SHIN(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、山下 勝行(岡山大学大学院自然科学研究科)

11:00 〜 13:00

[HTT18-P03] 高湿度環境がイチョウの光合成機能に及ぼす影響

*松浦  拓海1半場 祐子1 (1.京都工芸繊維大学)

キーワード:炭素安定同位体比、環境ストレス、光合成

緒言
都市樹木は樹冠による被陰や蒸散による冷却効果、大気汚染の補足・二酸化炭素吸収など、都市環境の改善に重要な役割を果たしている。

しかし、街路樹は日常的に様々な環境ストレスにさらされる過酷な環境下で生育している。このようなストレスは、光合成機能などの生理機能を低下させることが知られており、街路樹が求められている役割を果たせなくなる可能性がある。近年、日本において豪雨の頻度が増えているが、これは南西の海面の水温上昇により増加した水蒸気が、夏の季節風によって海域から流れ込むことにより、日本周辺の相対湿度が極めて高くなっていることが原因の一つと考えられている。そのような背景から、街路樹は急激な湿度の変化を経験していると予想され、今後の街路樹は湿度環境の変化に対応できるかどうかが重要になってくると考えられる。

イチョウは、寒さや病害虫、乾燥などのストレスに対する耐性が高い樹種である。その耐性の高さから、日本で最も植栽されている高木の街路樹である。しかしながら、これまでイチョウの乾燥や塩ストレスへの応答について調べた研究はあるが、高湿度環境に関する研究は少ない。

そこで本研究では、街路樹の湿度変化に対する光合成機能の応答について調べるために、湿度条件を変化させて生育させたイチョウの光合成機能と炭素安定同位体比を測定した。

材料および方法
1.樹種
イチョウ(Ginkgo bioloba L.)
日本で街路樹として最も多くの本数が植栽されている落葉高木樹である。

2.栽培条件
温室で2か月間イチョウを生育させたのちにグロースチャンバーに移し、コントロール条件(RH: 60%、気温: 25℃)、高湿度条件(RH: 85%、気温:25℃)、回復条件(RH: 60%、気温: 25℃)の3条件で2週間ずつ栽培させた。それぞれの条件の最終日に葉を採取し、Li-6400 XTを用いた光合成機能の測定と葉の炭素安定同位体比測定に使用した。

3.Li-6400 XTを用いた測定
採取した葉を光合成測定装置(Li-6400 XT, Li-Cor社, USA)を使用してA-Ci曲線を作成した。作成したA-Ci曲線のグラフから最大カルボキシル化速度(Vcmax)、チラコイド膜の電子伝達速度(J)を求めた。
実際に樹木が植栽されている環境下のCO₂濃度は平均400µmol mol-1程度であるので、CO2濃度が400µmol mol-1の光合成速度(A)をA400として算出し、さらにその時の気孔コンダクタンス(gs)を求めた。ここで得られたA400gsを用いて、水利用効率(WUE)を算出した。


4.葉の安定同位体比測定
乾燥させた葉を粉末状にし、1.0±0.05mgずつ錫箔に封入した。その後総合地球環境学研究所に設置されている安定同位体比測定用質量分析計CN-IRMS(Flash1112+Conflo+delta V advantage、Thermo Fisher Electric社, USA)を用いて炭素安定同位体比 (delta 13C) の測定を行った。delta13Cがあらかじめ分かっているワーキングスタンダードCERKU-03、CERKU-07(03:Glycine, 07:STARCH-C4)の測定を行い、補正を行った。

結果
コントロール条件と比較すると、高湿度条件、回復条件それぞれの光合成速度に減少傾向は見られたが、統計的に有意ではなかった。短期の水利用効率と炭素安定同位体比についても同様に高湿度条件、回復条件はコントロール条件と比べて有意な差はなかった。光合成速度に影響する気孔コンダクタンスや最大カルボキシル化速度も同様に有意な変化は見られなかったが、電子伝達速度については、コントロール条件と比較して回復条件で有意に減少した。

考察
相対湿度85%の高湿度環境下でイチョウを2週間栽培したが、光合成速度や炭素安定同位体比、短期の水利用効率に有意な変化がなかったことから、イチョウにとって高湿度は大きなストレス環境ではなかったと考えられる。しかし、電子伝達速度のみ回復条件で有意に減少したことから、高湿度環境を経験することで通常の湿度に戻した場合に、Rubiscoの再生能力が落ちる可能性が示唆された。今後は遺伝子解析を行い、光合成速度が維持された要因についてさらに調査する予定である。