11:45 〜 12:00
[MIS13-11] 津波地球化学:現状と課題
★招待講演
キーワード:津波、津波堆積物、無機地球化学、有機地球化学、同位体地球化学、環境DNA
一般的に津波堆積物は津波により海底や沿岸の砂泥や礫などが侵食され,それらが別の場所へ運搬されて再堆積したものを指すが,目に見える堆積物以外にも懸濁態物質や溶存態物質など目に見えない物質も同様に運ばれている.そのような津波で運ばれた目に見えない物質を化学的に捉えるのが津波地球化学(Tsunami geochemistry)である.津波地球化学は主に津波堆積物の識別プロキシとして利活用されている.陸域の地層中に見られるイベント層から海水中に含まれる無機・有機物質を捉えることができれば,そのイベント層が海水の流れによって堆積した可能性が極めて高い.そのため,洪水堆積物と古津波堆積物の混同を避けるために調査がされていなかった地域においても古津波調査が可能となる.さらに,津波堆積物が確認できないような場所で津波の痕跡を化学的に検出できれば,より詳細な津波浸水範囲や津波発生間隔の復元が可能となり,特定地域における津波履歴の高精度復元が期待できる.
津波堆積物を地球化学的観点から検討した研究は1990年ごろから行われており,特に2004年インド洋大津波,2009年チリ地震津波,そして2011年東北沖津波など,現世に発生した津波以降にその化学的挙動が報告されている.その後,不定期的に総説論文が報告されており(Chagué-Goff et al., 2017; Shinozaki, 2021),化学プロキシごとの特徴や注意点について詳細に整理がされている.
津波地球化学では主に,無機地球化学や有機地球化学,同位体地球化学が適用されている.最近では環境DNA(厳密には地球化学ではないが)を用いた研究も報告されるようになった.無機地球化学では,水溶性のイオン(例えばMinoura and Nakaya, 1991)や海水中に含まれる懸濁態物質,溶存態物質由来の軽元素(例えばNichol et al., 2007),後背地由来の重金属(例えばKomai et al., 2012)が対象となることが多い.近年では,これまで主に海洋コアに用いられていたコアスキャナーを津波堆積物研究にも応用されるようになり,非破壊で迅速に多点数のデータの取得が可能になっている.同位体地球化学では海底堆積物,海洋有機物を反映したδ13C,δ15N,δ34S等が用いられている(例えばChagué-Goff et al., 2012).有機地球化学では,生物起源バイオマーカー(例えばAlpar et al., 2012)や人為起源マーカー(例えばBellanova et al., 2020)が津波堆積物研究に適用されている.有機地球化学は高い専門技術を必要とし測定に時間がかかるといった不利な点はあるが,異地性の物質をある程度直接的に捉えることができることが強みである.有機地球化学よりもより直接的な指標となるのが環境DNAを用いた研究である.陸上のイベント堆積物中に海洋生物の遺伝子情報が含まれれば,海からの流れによって形成されたことの大きな物的証拠となりうる.また,津波と高潮堆積物の識別は津波堆積物研究の一つの大きな課題であるが(Morton et al., 2007),現世の津波と高潮堆積物に含まれるDNA群が異なることから,それらの識別に環境DNAが有効な可能性が指摘されている(Yap et al., 2021).環境DNAも有機地球化学と同様に高い専門性が求められ,いまだに研究例は限られているが,識別プロキシとして極めて高い信頼性を持ったアプローチであるため今後の報告が期待される.
これらの化学プロキシであるが,必ずしも津波堆積物の識別に万能なツールというわけではないことに注意が必要である.これまでの研究から,化学的特徴が常に長期間保存されるわけではないことがわかっている.ある特定のプロキシがどのような堆積環境(湿地,湖沼,平野)でどの程度の期間(数年,数百年,数千年)残るのか,様々な組み合わせで精査を続ける必要がある.本講演では,これまでに得られた知見を統合し,各化学プロキシに関してそれぞれの特徴やデータ取得の際の注意点について紹介する.さらに今後解決しなくてはならない課題を整理し,津波地球化学の発展を目指す.
津波堆積物を地球化学的観点から検討した研究は1990年ごろから行われており,特に2004年インド洋大津波,2009年チリ地震津波,そして2011年東北沖津波など,現世に発生した津波以降にその化学的挙動が報告されている.その後,不定期的に総説論文が報告されており(Chagué-Goff et al., 2017; Shinozaki, 2021),化学プロキシごとの特徴や注意点について詳細に整理がされている.
津波地球化学では主に,無機地球化学や有機地球化学,同位体地球化学が適用されている.最近では環境DNA(厳密には地球化学ではないが)を用いた研究も報告されるようになった.無機地球化学では,水溶性のイオン(例えばMinoura and Nakaya, 1991)や海水中に含まれる懸濁態物質,溶存態物質由来の軽元素(例えばNichol et al., 2007),後背地由来の重金属(例えばKomai et al., 2012)が対象となることが多い.近年では,これまで主に海洋コアに用いられていたコアスキャナーを津波堆積物研究にも応用されるようになり,非破壊で迅速に多点数のデータの取得が可能になっている.同位体地球化学では海底堆積物,海洋有機物を反映したδ13C,δ15N,δ34S等が用いられている(例えばChagué-Goff et al., 2012).有機地球化学では,生物起源バイオマーカー(例えばAlpar et al., 2012)や人為起源マーカー(例えばBellanova et al., 2020)が津波堆積物研究に適用されている.有機地球化学は高い専門技術を必要とし測定に時間がかかるといった不利な点はあるが,異地性の物質をある程度直接的に捉えることができることが強みである.有機地球化学よりもより直接的な指標となるのが環境DNAを用いた研究である.陸上のイベント堆積物中に海洋生物の遺伝子情報が含まれれば,海からの流れによって形成されたことの大きな物的証拠となりうる.また,津波と高潮堆積物の識別は津波堆積物研究の一つの大きな課題であるが(Morton et al., 2007),現世の津波と高潮堆積物に含まれるDNA群が異なることから,それらの識別に環境DNAが有効な可能性が指摘されている(Yap et al., 2021).環境DNAも有機地球化学と同様に高い専門性が求められ,いまだに研究例は限られているが,識別プロキシとして極めて高い信頼性を持ったアプローチであるため今後の報告が期待される.
これらの化学プロキシであるが,必ずしも津波堆積物の識別に万能なツールというわけではないことに注意が必要である.これまでの研究から,化学的特徴が常に長期間保存されるわけではないことがわかっている.ある特定のプロキシがどのような堆積環境(湿地,湖沼,平野)でどの程度の期間(数年,数百年,数千年)残るのか,様々な組み合わせで精査を続ける必要がある.本講演では,これまでに得られた知見を統合し,各化学プロキシに関してそれぞれの特徴やデータ取得の際の注意点について紹介する.さらに今後解決しなくてはならない課題を整理し,津波地球化学の発展を目指す.