日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 生物地球化学

2022年5月26日(木) 13:45 〜 15:15 202 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、コンビーナ:柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、コンビーナ:山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)

13:45 〜 14:00

[MIS14-01] 高CO2は水稲の施肥窒素の利用効率に影響しない:長期的には地力窒素減耗の可能性

*林 健太郎1,2常田 岳志1荒井 見和3、酒井 英光1、中村 浩史4、長谷川 利拡1 (1.農研機構 農業環境研究部門、2.総合地球環境学研究所、3.国際農林水産業研究センター、4.太陽計器)

キーワード:二酸化炭素、窒素利用効率、FACE、重窒素、水田土壌、無機化

二酸化炭素濃度(CO2)の大気濃度の上昇(高CO2)はとどまらずに続いている.高CO2には植物の光合成を促す効果(いわゆる施肥効果)があり,作物の生育と収量を促す効果を有する.一方,他の栄養元素,典型的には窒素の要求量を増やし,これらの可給性が作物の高CO2応答を左右し,窒素利用効率にも影響を及ぼすと予想される.本研究は,関東地方の単作水田における水稲2品種の窒素利用効率の高CO2応答を明らかにすることを目的とした.

本研究は2015年につくばみらい市の開放系大気CO2増加実験水田(つくばみらいFACE)において実施した.栽培期間平均として+200 ppmの高CO2区およびCO2処理のない区において,次の水稲2品種,東日本の基幹品種であるコシヒカリ(ジャポニカ)および多収で高CO2応答がよくメタン発生が少ない品種であるタカナリ(インディカ)の栽培を行った.肥料は15Nで標識したオレフィン被覆尿素(3.2 % 15N; LP-70)の全層施肥による基肥1回とした.15N標識により肥料窒素の行方を直接に定量できることが本研究の利点である.幼穂形成期(PI),出穂期(HD),登熟期(MT)において植物体を採取し,イネの部位別(根,稈+葉鞘,葉身,枯葉身,穂)のバイオマス,全窒素濃度,15N濃度を定量して,部位別の全窒素量と肥料由来窒素量を定量した.また,MTにおいて水田土壌を採取し,各土壌層(0~15 cm深さを5 cmごと)の全窒素量と肥料由来窒素量を定量して水田窒素収支の考察に用いた.窒素利用効率は回収効率(RE,肥料窒素のうちイネが吸収した割合)および農学的効率(AE,肥料窒素のうちイネの穂に回った割合)を計算した.なお,AEは通例,肥料窒素のうち玄米に取り込まれた割合をあらわすが,本研究では穂に取り込まれた割合で置き換えた.方法の詳細は原典(Hayashi et al., 2021)を参照されたい.

2015年は気象的に特異な年であり,2012~2014年と比べて,7~9月の日射量が少なく,8~9月の気温が低く,7月と9月の降水量が多い傾向にあった.コシヒカリとタカナリともに,高CO2は全草のバイオマスと穂の全窒素量を有意に増やしたものの,全草の全窒素量および肥料由来窒素量を増やさなかった.REは65~69 %,AEは38~44 %の範囲を示し,高CO2はいずれに対しても顕著な影響を及ぼさなかった.REが最大69 %ということは,31 %がイネには吸収されておらず,被覆尿素という緩効性肥料であっても効率に限界があることを示唆している.また,高CO2によってバイオマスが増えていることから,イネの窒素要求量も増えていると予想されたものの,肥料窒素はその要求を満たさなかった.REはコシヒカリ>タカナリ,AEはタカナリ>コシヒカリであり,タカナリは穂に優先的に肥料由来窒素を転流させる品種であることを指している.一方,高CO2は肥料以外の給源からの窒素吸収を有意に増やした.消去法的に考察した結果,最尤の給源は無機化であると考えられる.したがって,長期的な地力低下を避けるために,高CO2が進行しつつある現在,特に減肥栽培においては土壌肥沃度の継続的な診断と適切な施肥管理が必要である.

手法論の考察として,本研究では15N標識により肥料由来窒素を直接に定量した(希釈法).一方,通常の試験では,肥料を与えないプロットを用意して,施肥プロットと無施肥プロットのイネの窒素吸収量の差分を肥料由来窒素とする(差分法).本研究における無施肥プロットの栽培データを利用して比較したところ,差分法により求めたREとAEは希釈法よりも過大であり,かつ標準偏差が大きかった.興味深いこととして,高CO2により差分法の過大評価が増すという交互作用が見られた.これは,施肥プロットにおいて,高CO2により肥料以外の給源からの窒素吸収が増すと解釈すると説明がつき,希釈法により直接に得られた上記の知見――高CO2は肥料以外の給源からの窒素吸収を有意に増やした――と整合する.

残念ながら日本にもはやFACE実験水田は存在しない.しかし,高CO2がもたらす水稲栽培および長期的土壌肥沃度への影響はこれからも重要な研究テーマである.何らかの代替的な実験方法あるいはFACE実験の再構築により,高CO2下の持続可能な水稲栽培の実現に資する研究が進展することを期待する.

謝辞:つくばみらいFACEは農林水産省委託プロジェクト「農林水産分野における地球温暖化対策のための緩和及び適応技術の開発」の一環で設置運用された.本研究は科研費(26252061)および地球研実践プロジェクト(14200156)の支援を受けた.
引用:Hayashi et al. (2021) Soil Science and Plant Nutrition.
https://doi.org/10.1080/00380768.2021.2003163.