日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 生物地球化学

2022年5月26日(木) 15:30 〜 17:00 202 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、コンビーナ:柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、コンビーナ:山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)

16:00 〜 16:15

[MIS14-09] 森林集水域における長期的な窒素施肥が河川水中の硝酸イオン濃度に及ぼす影響

*福澤 加里部1柴田 英昭1、野村 睦1、小林 真1 (1.北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)

キーワード:硝酸イオン、天然生林、陽イオン、対照流域法

森林において,植生,土壌,微生物などの各要素間の相互作用によって生態系内部での物質循環が変化し,河川水質が形成される.河川水質の変化を調べることにより,平均的な森林の物質循環プロセスを把握することができる.また,大気沈着による物質の移入は,生態系内部の物質循環のバランスを変化させ,河川水質にも影響する.例えば,人間活動に伴う大気窒素沈着量の増加により,森林から河川への硝酸イオンの溶脱が加速すると考えられている.しかし,森林集水域スケールでの窒素沈着の増加影響に関する実証研究は多くないのが現状である.また,大気窒素沈着量の増加を模倣した長期的な施肥処理や観測を行うことで,生態系の応答やそのメカニズムに関する理解が進むものと考えられる.そこで本研究では,森林集水域における長期的な窒素施肥処理が河川水質へ及ぼす影響について,特に硝酸イオン濃度に焦点を当てて明らかにすることを目的とした.
調査は北海道北部に位置する北海道大学中川研究林内の天然生林において行った.森林タイプは針広混交林であり,林床にはクマイザサ,チシマザサが密生していた.対照流域法を用い,2つの森林集水域 (施肥流域 [1.4 ha]と対照流域 [1.1 ha]) を設定した.施肥流域においては2002年から毎年1回顆粒状の硝酸アンモニウムを50kgN ha-1 yr-1散布した.各集水域末端において4月または5月~10月または11月に河川水を2週間間隔で採取した.両集水域の合流地点より下流に設置された量水堰において河川流量を連続観測した.河川水は冷蔵して実験室に持ち帰り,pH, ECを測定後にろ過し,ろ液についてイオンクロマトグラフィーを用いて陰イオン (硝酸イオン,塩化物イオン,硫酸イオン),陽イオン濃度 (カリウムイオン,ナトリウムイオン,マグネシウムイオン,カルシウムイオン)を測定した.ここでは2003年から2016年までの時間変化を報告する.
河川水中の硝酸イオン濃度の長期トレンドは,施肥流域において有意に上昇していた (P<0.001) のに対し,対照流域では有意な濃度上昇はなかった.窒素施肥開始から8年後の2010年から硝酸イオン濃度の急激な濃度上昇がみられ,その後高い濃度レンジを維持した.このように施肥開始後数年間は濃度上昇がみられなかったことから,森林生態系が付加された窒素を保持する機能を有することが示唆された.しかし,継続的な窒素負荷により窒素が生態系内に蓄積し,土壌中の無機態窒素量が生態系の要求量を上回り、硝酸イオン溶脱が加速したと考えられた.施肥流域において2010年の急激な濃度上昇が始まる以前には年変動がみられた:2007年の濃度が高く,その後の2008年,2009年は低下した.この変化パターンは対照流域でもみられたことから,各年の気候要因または生物要因の変動も硝酸イオン濃度の変動要因となる可能性が示唆された.観測後期における河川流量と硝酸フローの関係において,その傾きは対照流域に比べて施肥流域で大きく,施肥流域では出水時に硝酸イオンが流出しやすいことが明らかになった.陽イオンの流域間の比較では,ナトリウムイオンとマグネシウムイオンは施肥区の方が高濃度であったが,カルシウムイオンは施肥区で低かった.カリウムイオンは処理区間で明瞭な傾向がみられなかった.窒素施肥と陽イオンの関係はイオン種によって異なった.以上から,北海道北部の森林は窒素保持能が高いものの,継続的な窒素負荷は生態系からの窒素流出をもたらすことが明らかになった.