日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS15] 山の科学

2022年5月30日(月) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (34) (Ch.34)

コンビーナ:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、コンビーナ:佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部フィールド科学人材育成プログラム)、コンビーナ:今野 明咲香(常葉大学)、座長:奈良間 千之(新潟大学理学部フィールド科学人材育成プログラム)、今野 明咲香(常葉大学)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)

11:00 〜 13:00

[MIS15-P09] 山形県月山の樹林帯の積雪中に生息する雪氷微生物群集の日周期と季節変化

*小野 誠仁1竹内 望2 (1.千葉大学大学院 融合理工学府、2.千葉大学大学院 理学研究院)


キーワード:積雪生態系、季節積雪、雪氷微生物、日周期的な垂直移動、季節変化

氷河や季節積雪といった雪氷環境には,雪氷生物とよばれる寒冷な環境に適応した特殊な生物が生息している.例えば,寒冷環境に適応した光合成微生物である雪氷藻類や,雪氷藻類を餌とするクマムシやワムシ,雪面上を歩行するセッケイカワゲラといった無脊椎動物などである.雪氷生物は雪氷環境で食物連鎖を形成していることから,雪氷はこれらの生物群集を含む生態系(雪氷生態系)とみなすことができる.中でも季節積雪では,春の融雪期になると,雪氷藻類が大繁殖し,積雪表面を赤や緑,黄色といった様々な色に着色する彩雪現象が見られる.これまでに,カナダの高山帯に見られる赤雪中の藻類構成や,赤雪中の藻類を食べるトビムシやダニ,クマムシ,ワムシといった捕食者が報告されており,スロバキアの高山帯の赤雪や緑雪からも,雪氷藻類や菌類,繊毛虫,微小無脊椎動物の存在が報告されている.また,日本の山岳地域の森林帯では,パッチ状に形成される緑雪にクマムシやワムシといった無脊椎動物が集中して藻類を食べていることが明らかになっている.いずれの研究も積雪表面のみに焦点を当てている一方で,積雪中のクマムシやワムシは,垂直方向に能動的に移動している可能性が新たに示唆されている.これら生物の垂直移動は,日射強度,積雪の融解速度,気温といった積雪環境の日周期や,栄養塩や有機物の増加といった季節的な変化に伴っている可能性がある.しかしながら,積雪中の生物活動の日周期および季節変化についてはいままで全く調査されていなかった.そこで本研究では,日本国内の積雪中に生息する雪氷藻類,微小無脊椎動物(クマムシ,ワムシ),菌類について,積雪内分布の日周期と季節変化および生物量の季節変化を明らかにすることを目的とした.今回は,積雪量が多く雪氷藻類も豊富に繁殖することで知られる山形県月山の樹林帯において,積雪表面および積雪内部の各種生物について,形態的分類を行い,個体密度の表面分布および垂直分布の調査を行った.
山形県月山の県立自然博物館(標高750 m)のブナ樹林帯において,積雪期の2021年3月6日から5月20日にかけて雪表面および内部の白い雪と緑雪を採取した.この地点では,緑雪が毎年現れることが知られている.調査中は,気象条件の日変化および季節変化を明らかにするために,林内・林外において気温(林内のみ)および日射量の自動観測を行った.千葉大学に持ち帰ったサンプルは顕微鏡で形態的特徴を観察し,藻類,微小無脊椎動物(クマムシ,ワムシ),菌類の積雪中の個体密度を算出した.また,藻類量を示すクロロフィルa濃度を,環境条件として積雪表面中の芽鱗の乾燥重量,有機物量,無機物量,主要溶存化学成分を測定した.
積雪サンプルを顕微鏡で観察した結果,主に多様な形態の雪氷藻類細胞,2種類のヤマクマムシ属のクマムシとヒルガタワムシ,菌類が含まれていることが明らかになった.自らが泳ぐことのできる生物(雪氷藻類,クマムシ,ワムシ)は,夜間から早朝(5時および17時-2時)には,積雪下層に比べ表面付近で濃度が高く,日中から夕刻にかけて(8時-20時)は,反対に積雪表面に比べ下層で濃度が高かった.以上の変化が日射量の変化のタイミングによく一致したことから,積雪中の藻類は,強すぎる日射を避けて積雪内を垂直移動しているものと考えられ,微小無脊椎動物も食物となる藻類に合わせて積雪内を垂直移動するものと考えられる.これらの生物量がブナ林の展葉後に急増したことから,積雪中の生物群集の繁殖には,樹木の展葉による日射量の減少に伴った積雪表面における滞在時間の長期化が,積雪中の生物群集の繁殖に重要である可能性が示唆された.