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[MIS18-15] 中〜後期更新世温暖期, MIS 5・7・9 の長寿二枚貝ビノスガイの化石の貝殻の成長線パターンと酸素同位体比
キーワード:二枚貝、酸素同位体、成長線、古気候、間氷期
過去の間氷期の古気候を解明することは, 気候変動予測のために重要である. 特に過去の間氷期MIS 5e(最終間氷期,約12.4-11.9万年前), MIS 7(約24.3万年前), MIS 9(約33.7-30万年前)の古気候は, 地球温暖化が進行した場合の地球表層環境の将来像として重要視され,活発に研究されている.古気候復元の代表的なアーカイブとして, アイスコアや鍾乳石, 海底堆積物中の有孔虫などが挙げられるが, これらのアーカイブは日〜年レベルの高時間解像度の古気候復元はできない. 高い時間解像度での復元が可能な造礁サンゴは, 熱帯〜亜熱帯地域の浅い海に分布が限られる.したがって,中高緯度地域の海洋の高解像度の古気候復元のデータが不足しているという現状がある.そこで, 中緯度から高緯度の高時間解像度の古気候アーカイブとして長寿二枚貝が注目されている. 二枚貝は,低緯度から高緯度まで,浅海から深海まで,淡水から海水まで,幅広い環境に適応し拡散している.また,その殻は付加成長するという特徴を持ち,環境の変化(海水の温度など)を日から年単位という驚くべき高時間解像度で,時系列で記録することが可能である.一部の二枚貝は100年から500年もの長い寿命を持ち,複数の個体の記録をつなげることで,過去に遡って古気候を復元することができる.
日本では,近年,福島県以北に分布する冷水性二枚貝ビノスガイが,100歳もの長生きの種であることが報告された(Kubota et al., 2017; 2021, Tanabe et al., 2017).ビノスガイは, 北西太平洋や日本海の比較的浅い砂質底に生息し, 冷水を好む濾過食者である.その殻は春から秋にかけて形成され,水温が約10度を下回る冬になると,ビノスガイは殻の成長を休止することが知られている.日本列島の中〜後期更新世の浅海成層からは化石ビノスガイの産出が知られるが, 本種を用いて過去の温暖期(間氷期)の高解像度での古気候復元をした例はなかった. 北西太平洋の古海洋環境はまだあまり解明されておらず,化石ビノスガイの殻は過去の間氷期の環境情報を高時間解像度で記録していると期待される(Shirai et al., 2018).そこで我々は, 化石ビノスガイの成長線解析と酸素同位体比の測定により, 酸素同位体ステージ(MIS)5e, 7, 9 の古水温を復元し, 現生ビノスガイとの比較を通じて古東京湾の古環境を明らかにすることを目的とした. 西太平洋でビノスガイ(Mercenaria stimpsoni)の化石を用いて高解像度古環境復元を行った研究例は,本研究が初めてとなる.
本研究では,房総半島に分布する中後期更新統の下総層群から産出した化石ビノスガイ7個体の標本を,千葉県中央博物館から拝借した.年代は挟在するテフラによって制限されており,木下層はMIS 5eに,清川層はMIS 7に,薮層はMIS 9に該当する.貝殻は半割して断面の成長線解析を行った後,タングステンカーバイドのドリルピットを用いて成長方向に沿って等間隔に切削し,炭酸塩粉末を得た.炭酸塩粉末は無水リン酸処理をした後,大気海洋研究所の質量分析計Delta Vにて酸素同位体比分析を行った.酸素同位体比からの古水温の計算にはKim et al. (2007)の式を用い,海水の酸素同位体比の近似値としてKubota et al.(2017)とTanabe et al.(2017)の値を使用した. また, これら既往研究の現生ビノスガイ6個体の成長線と水温との比較を行い,古東京湾沿岸の古環境を考察した.
成長線観察と古水温復元の結果, 本種が過去の温暖期においても 100 歳程度の寿命を持ち, 現生と化石のビノスガイの寿命に大きな違いはなく, 成熟に達する年齢が現生よりもやや早かったこと, 最終的な殻の大きさが現生より化石のほうがやや小さかったことが認められた.また,一部のビノスガイは,現在より低い水温でも殻を成長させていた. 海水の酸素同位体比を-0.1‰だと仮定して化石のビノスガイから復元された水温は,現在の房総半島の年間水温の変動幅と比較して,変動幅が狭く,全体的に水温が数℃低いという傾向を示した.最も温暖であったMIS 5eにおいても,房総半島の年間最高水温の27℃より8℃低い19℃を示し,現在よりも過去の間氷期において,古東京湾の沿岸部の海水温が有意に低かった可能性が示唆された.現在,福島県沿岸を生息南限とする冷水性ビノスガイの化石が房総半島の中後期更新統の地層中から産出したこと,化石ビノスガイの殻から復元された水温が現在より有意に低かったことをまとめると,過去の間氷期において,古東京湾の沿岸部には, 海進により広がった浅海部に比較的冷たい水塊が少なくとも100年以上継続的に存在した期間があった可能性がある. 今後多くのデータを集積することで, より過去に遡って古気候を復元することができるだろう.
日本では,近年,福島県以北に分布する冷水性二枚貝ビノスガイが,100歳もの長生きの種であることが報告された(Kubota et al., 2017; 2021, Tanabe et al., 2017).ビノスガイは, 北西太平洋や日本海の比較的浅い砂質底に生息し, 冷水を好む濾過食者である.その殻は春から秋にかけて形成され,水温が約10度を下回る冬になると,ビノスガイは殻の成長を休止することが知られている.日本列島の中〜後期更新世の浅海成層からは化石ビノスガイの産出が知られるが, 本種を用いて過去の温暖期(間氷期)の高解像度での古気候復元をした例はなかった. 北西太平洋の古海洋環境はまだあまり解明されておらず,化石ビノスガイの殻は過去の間氷期の環境情報を高時間解像度で記録していると期待される(Shirai et al., 2018).そこで我々は, 化石ビノスガイの成長線解析と酸素同位体比の測定により, 酸素同位体ステージ(MIS)5e, 7, 9 の古水温を復元し, 現生ビノスガイとの比較を通じて古東京湾の古環境を明らかにすることを目的とした. 西太平洋でビノスガイ(Mercenaria stimpsoni)の化石を用いて高解像度古環境復元を行った研究例は,本研究が初めてとなる.
本研究では,房総半島に分布する中後期更新統の下総層群から産出した化石ビノスガイ7個体の標本を,千葉県中央博物館から拝借した.年代は挟在するテフラによって制限されており,木下層はMIS 5eに,清川層はMIS 7に,薮層はMIS 9に該当する.貝殻は半割して断面の成長線解析を行った後,タングステンカーバイドのドリルピットを用いて成長方向に沿って等間隔に切削し,炭酸塩粉末を得た.炭酸塩粉末は無水リン酸処理をした後,大気海洋研究所の質量分析計Delta Vにて酸素同位体比分析を行った.酸素同位体比からの古水温の計算にはKim et al. (2007)の式を用い,海水の酸素同位体比の近似値としてKubota et al.(2017)とTanabe et al.(2017)の値を使用した. また, これら既往研究の現生ビノスガイ6個体の成長線と水温との比較を行い,古東京湾沿岸の古環境を考察した.
成長線観察と古水温復元の結果, 本種が過去の温暖期においても 100 歳程度の寿命を持ち, 現生と化石のビノスガイの寿命に大きな違いはなく, 成熟に達する年齢が現生よりもやや早かったこと, 最終的な殻の大きさが現生より化石のほうがやや小さかったことが認められた.また,一部のビノスガイは,現在より低い水温でも殻を成長させていた. 海水の酸素同位体比を-0.1‰だと仮定して化石のビノスガイから復元された水温は,現在の房総半島の年間水温の変動幅と比較して,変動幅が狭く,全体的に水温が数℃低いという傾向を示した.最も温暖であったMIS 5eにおいても,房総半島の年間最高水温の27℃より8℃低い19℃を示し,現在よりも過去の間氷期において,古東京湾の沿岸部の海水温が有意に低かった可能性が示唆された.現在,福島県沿岸を生息南限とする冷水性ビノスガイの化石が房総半島の中後期更新統の地層中から産出したこと,化石ビノスガイの殻から復元された水温が現在より有意に低かったことをまとめると,過去の間氷期において,古東京湾の沿岸部には, 海進により広がった浅海部に比較的冷たい水塊が少なくとも100年以上継続的に存在した期間があった可能性がある. 今後多くのデータを集積することで, より過去に遡って古気候を復元することができるだろう.