日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 冷湧水・泥火山・熱水の生物地球科学

2022年6月1日(水) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (32) (Ch.32)

コンビーナ:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、コンビーナ:井尻 暁(神戸大学)、土岐 知弘(琉球大学理学部)、コンビーナ:ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域地球社会基盤学系)、座長:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、井尻 暁(神戸大学)

11:00 〜 13:00

[MIS24-P05] 鯨類遺骸が海洋生態系に与える影響:遺骸起源有機物の拡散範囲

*加藤 萌1ジェンキンズ ロバート1 (1.金沢大学理工学域地球社会基盤学類)

キーワード:鯨骨遺骸群集、安定炭素同位体比、有機炭素量、化学合成群集

鯨類に代表される大型脊椎動物遺骸は,海底,特に深海底においてはスポット的にもたらされる巨大な有機物塊であり,多くの生物に餌・エネルギー資源もしくは固着基盤などの形で利用されている.そのようにして遺骸周辺に形成される生物群集は“鯨骨群集”と呼ばれる(e.g. Smith et al., 1989).鯨骨群集は,鯨類遺骸を構成する有機物の消費(分解)の他,分解過程で生じる硫化水素やメタンなどの還元物質をエネルギー源とした有機物の再生産(化学合成)も行っている.このような鯨類遺骸を取り巻く有機物のの一部は周囲の堆積物中にも拡散されていることが考えられる.しかし,どの程度の範囲までどの程度の量が拡散しているか等の具体的な実態は明らかになっていない.

本研究では,人為的に海中に沈めた鯨類遺骸を用いて,その周辺の堆積物に含まれる有機物量およびその安定炭素同位体比を調査した.使用した鯨遺骸は定置網にかかって死亡した個体を用い,肉部はおおまかに除去し骨のみにした状態で石川県能登半島九十九湾金沢大学臨海実験施設沖の水深約15 mの海底に設置した.その後約1年間静置し,鯨骨表面にツリガネムシや硫酸酸化細菌,バイオマット等の繁茂を確認した後,鯨骨周辺の表層堆積物を水平方向に一定間隔で採取を行い,堆積物中に含まれる全有機炭素量(TOC)およびその有機炭素の安定炭素同位体比(δ13C vs. VPDB)の測定を行った.
堆積物中のTOC分析の結果,鯨遺骸から20 cm以上離れた地点では1wt%前後の値でほぼ安定していたが,鯨遺骸脊椎骨直下の泥では約3wt%とやや高い値となった.また同じサンプルを用いた安定炭素同位体比測定の結果では,鯨遺骸脊椎骨直下の泥でδ13C値が−23.5‰の値を示し,鯨遺骸より20 cm離れた地点で−22.1‰となり,その後距離が離れるにつれ緩やかに値が上昇し3 m離れた地点で−21.7‰となった.鯨遺骸直下の堆積物のδ13C値が周辺堆積物よりやや低い値を示したのは,鯨の骨内有機物もしくはコラーゲン由来の有機物(約−24‰程度)もしくは遺骸分解時に発生した無機炭素を利用した化学合成によって再生産された有機物の影響を強く受けた結果と考えられる.また,鯨遺骸より20 cm離れた地点以降も3 m程度の距離まで値の上昇が続いたことから,鯨遺骸から3 m離れた地点まで鯨遺骸由来の炭素が堆積物中にも拡散していると推測される.TOC,δ13C値どちらの結果も,鯨遺骸から約20 cmほどの範囲での値の変動が最も大きく,鯨遺骸由来の有機物が影響する範囲は数十cmオーダーのごく狭い範囲に限られる可能性が示唆された.