日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-TT 計測技術・研究手法

[M-TT44] 地球化学の最前線

2022年5月24日(火) 10:45 〜 12:15 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、コンビーナ:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、コンビーナ:角野 浩史(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系)、コンビーナ:横山 哲也(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、座長:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、横山 哲也(東京工業大学理学院地球惑星科学系)

12:00 〜 12:15

[MTT44-10] 表面電離型質量分析法を利用した90Srの極低ノイズ分析

*若木 重行1、青木 譲2、下出 凌也2鈴木 勝彦3宮崎 隆4、Roberts Jenny5、Vollstaedt Hauke5、佐々木 聡6、高貝 慶隆2,7 (1.海洋研究開発機構 高知コア研究所、2.福島大学 共生システム理工学類、3.海洋研究開発機構 海底資源センター、4.海洋研究開発機構 火山・地球内部研究センター、5.サーモフィッシャーサイエンティフィック、6.サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社、7.福島大学 環境放射能研究所)

キーワード:ストロンチウム90、質量分析、放射性核種、90Sr/88Sr比

チェルノブイリや福島の原子力事故に際して短寿命の放射性核種が環境中に放出された。放射性核種の自然環境中における放出状況・時間経過に伴う拡散状況の把握は重要な課題であり、そのために迅速かつ高感度の放射性核種分析が必要とされる。235Uや239Puの核分裂によって生じる90Srは、原子力事故で放出される主要各種の一つであり、半減期28.79年でβ-壊変する。90Srの分析において一般的に行われる放射化学分析法(公定法)は、分析におよそ2週間を要し迅速性に欠けるという問題点があった。これに対して近年では、ICP-MS法 (e.g. Takagai et al., 2014) やICP-MS/MS法 (Ohno et al., 2018)、TIMS法 (Kavasi and Sahoo, 2019)、AMS法 (Sasa et al., 2020)、ID-TE-TIMS法 (Ito et al., 2020)など、様々な先端的質量分析法を用いて90Sr分析を迅速に行う手法の開発が試みられている。
本研究では、エネルギーフィルター法と表面電離型質量分析法(TIMS)を組み合わせた新たな90Sr分析法を開発した (Wakaki et al., 2022)。Srの同位体比測定は、福島大学設置のTriton Plus (Thermo Scientific社)を用いて行った。非放射性Sr同位体はファラデーカップ検出器で、90Srは二次電子増倍管でそれぞれ同時に検出した。二次電子増倍管の直前には、エネルギーフィルターとして機能するRPQレンズを設置した。測定中の88Srイオンビーム強度ならびに1試料あたりの測定時間は2.5 × 10-10 Aとおよそ1時間であり、この条件で分析に必要な最低試料量はSr量にして100ngであった。
質量分析においては、90Zrの同重体干渉と88Srのピークテイリングが90Srに対する主要なノイズ源となる。本研究ではこれらのノイズ源に対して、RPQレンズの導入など様々なノイズ軽減策を講じた結果、90Srに対するノイズ信号を0.004cpsのオーダーまで軽減することに成功した。ブランク試料として90Srを含まないSr標準試薬であるNIST SRM 987の繰り返し分析を行い、アバンダンス感度として90Sr/88Sr = 8.3 ± 1.8 × 10-12を得た。本手法による90Sr/88Sr比の検出限界は、ブランク試料分析の3 σから2.7 × 10-12と推定された。分析に必要な最低試料量が100ngであるため、この値は90Sr放射能の検出限界に換算すると0.0012 mBqに相当する。さらに、IAEAの認証標準物質(IAEA156およびIAEA330)ならびに福島県で採取された生物試料(ザリガニ・淡水魚)の分析を行い、90Sr/88Sr分析値の10-11の桁における確度を検証した。
本研究の手法では、他の質量分析法と比較して2-3桁程度の検出限界の低下を達成した。高感度かつ迅速な分析法が実現したことで試料量に制限のある試料の分析可能性が拡大し、環境中における90Srの拡散挙動の研究が今後大きく進展することが期待される。