日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS08] 太陽系物質進化

2022年5月27日(金) 10:45 〜 12:15 302 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:小澤 信(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、コンビーナ:日比谷 由紀(東京大学 大学院総合文化研究科)、川崎 教行(北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門)、コンビーナ:松本 徹(九州大学期間教育院)、座長:川崎 教行(北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門)、松本 徹(京都大学白眉センター)


10:45 〜 11:05

[PPS08-06] 火星の「窒素循環史」解明に向けた局所窒素化学種解析

★招待講演

*小池 みずほ1、大西 健斗1、黒川 愛1、中田 亮一2住谷 優太1菅原 春菜3臼井 寛裕3、Amundsen Hans4 (1.広島大学、2.海洋研究開発機構(JAMSTEC) 高知コア研究所、3.宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所、4.Vestfonna Geophysical)

キーワード:火星隕石、窒素、X線吸収微細構造(XAFS)、火星アナログ

窒素(N)は生命必須元素の1つである。現在の火星において、大気中のN2を化合物として地表に堆積させる直接的なプロセスは確認されていない。しかし、約35億年前のゲールクレーター堆積物が硝酸塩等の窒素化合物を保持していることが、近年の火星探査により報告されている[Stern et al., 2015]。一方、地球では、窒素は主に生命活動による固定を介して表層環境を循環する。生命誕生前の初期地球では、炭素質隕石や彗星による外部供給、および、火山噴火や隕石衝突に伴う無生物窒素固定により、生命材料となる有機窒素化合物等が供給されたと予想される。太古の火星に初期地球と同様の無生物窒素固定が駆動してならば、火星の大気圏-岩石圏-水圏(および未知の生命圏)にも「窒素循環」が卓越していたのかもしれない。
火星の表層岩石試料である火星隕石には、かつての大気や水の情報が記録される。特に、Allan Hills (ALH) 84001は、40億年前の火星の地下水から晶出した炭酸塩鉱物を微量に含む[e.g., Halevy et al., 2011]。最近の研究で、ALH 84001の炭酸塩鉱物が有機窒素化合物を保持することが示された [Koike et al., 2020]。この有機窒素の起源や生成メカニズムは未解明だが、様々な火星試料から異なる時代・場所の窒素化学種の記録を得られれば、惑星の長期環境進化や生命存在可能性の理解に繋がると期待する。
我々の研究グループでは、火星における「窒素循環史」の解明を目的に、X線吸収微細構造 (XAFS) 法を用いた局所窒素化学種解析を進めている。本講演では、現在までに調査した (1) 若い火星隕石 (Tissint, NWA 13367) の衝撃溶融ガラス、および、(2) 火星アナログ岩石の水質変成鉱物の窒素化学種について紹介したい。以下に、それぞれの概要を述べる。なお、一連のXAFS分析は大型放射光施設SPring-8軟X線ビームラインBL27SUを利用して実施した。
(1) Tissintは、2011年にモロッコへ落下したolivine-phyric shergottiteである。結晶化年代は約6億年で、火星脱出時の強い衝撃加熱・急冷に伴う衝撃溶融ガラス中に火星表層の揮発性成分を濃集することが知られている[Chennaoui Audjehane et al., 2012]。Northwest Africa (NWA) 13367 は、2020年に発見された peridotic shergottite である。この隕石にも衝撃溶融ガラスが確認されたが、その揮発性成分の存在度については報告がない。両隕石について、厚片試料を窒素フリーのアルミナ研磨粉末にて鏡面研磨し、集束イオンビーム装置(FIB-SEM)にて表面加工を施した後、局所XAFS分析を実施した。その結果、Tissintの衝撃溶融ガラスからは硝酸塩に特徴的なスペクトルが得られた一方、NWA 13367からは窒素が検出されなかった。この違いは、火星上での両隕石の周辺環境を反映していると考えられる。これは、ゲールクレーターの硝酸塩が局所的に偏在している調査事実 [Stern et al., 2017] とも整合的であり、Tissintの母岩周辺には硝酸(および他の酸化剤)が濃集していたのではないかと予想できる。
(2) 火星隕石に加え、本研究ではノルウェー・スヴァールバル諸島のBockfjord Volcanic Complex (BVC) の玄武岩質溶岩を「火星アナログ」とみなして調べた。BVC岩石は二次的な水質変成により、ALH 84001に類似した炭酸塩鉱物と粘土鉱物を晶出している[Treiman et al., 2002; Amundsen et al., 2011]。BVC試料についても火星隕石と同様にXAFS分析を行ったところ、炭酸塩鉱物では窒素が検出されず、粘土鉱物からはアンモニアに特徴的なスペクトルが得られた。この結果はALH 84001の炭酸塩が有機窒素を含むこととは対照的で [Koike et al., 2020]、両者の形成環境が異なることを示唆する。