11:00 〜 13:00
[PPS08-P10] 同位体ナノスコープによる月粒子の希ガス深さ方向分析
キーワード:月レゴリス、太陽風、希ガス
月や小惑星の表面には水素とヘリウムを主成分とするプラズマ流である太陽風が照射されている.太陽風粒子が天体表層の物質に衝突すると,粒子はその運動エネルギーに応じた飛程まで物質中に注入される.このため,月や小惑星物質表面の太陽風起源成分の深さ方向分布を測定することで,照射当時の太陽風のエネルギー分布を推定することが可能である[1].太陽風の成分のうち特に希ガスは固体物質中の存在度が極めて低いため,注入された太陽風起源希ガスの検出は他の元素に比べると容易である.これまでにも月や小惑星イトカワの試料を対象に太陽風起源希ガスの研究は行われてきた(e.g., [2],[3]).しかし,1粒子に対する局所希ガス深さ方向分析は行われていなかった.そこで本研究では二次中性粒子質量分析装置である同位体ナノスコープLIMASを使い,月レゴリス試料の局所深さ方向分析を行った.そして,得られた太陽風ヘリウムの深さ方向分布から,太陽風のエネルギー分布を推定した.
LIMASはフェムト秒レーザーにより,イオン化ポテンシャルが最も高いHeでも高いイオン化効率で分析することが可能である[4].一次イオンビームはGaイオンビームを使っており,1 µmφ程度のビームを粒子表面の~10 × 16 µm2の領域に走査することで局所的な同位体分析ができる[5].試料はアポロ17号が収集した月レゴリス試料71501に含まれる粒径100 µm程度のイルメナイト粒子を用いた.試料はインジウム上にマウントし,走査型電子顕微鏡(JEOL,JSM-7000F)で試料表面の微細構造を観察した後,LIMASで希ガス深さ方向分析を行った.測定イオンは4He+と,イルメナイトの主要元素である56Fe2+,48Ti2+,16O+を同時に測定した.そして,得られた4He深さ方向分布を与える4He注入エネルギーの分布をTRIM(Transport of Ions in Matter; [6])によるイオン注入シミュレーションで推定した.TRIMではターゲット物質のパラメータを,組成(Fe0.95Mg0.05)TiO3,密度4.7 g/cm3と設定した.
走査型電子顕微鏡による試料表面の観察では,微小隕石の衝突痕やブリスターを確認した.これは,試料が月面の最表層に露出して太陽風照射を一定期間受けたことを意味する.LIMASで4Heの深さ方向分布を取得した.得られた深さ方向分布は試料表面から30 nm付近にピークを示し,300 nmまでなだらかに減衰した(Fig. 1).ピークの30 nmは~4 keV(~450 km/s)のエネルギーを持つ4Heのイルメナイトに対する飛程に対応し,ACE探査機が観測した現在の太陽風のエネルギー分布[7]のピークと一致する(Fig. 2).一方,5 keV以上の成分は月粒子から推定したものが現在の太陽風を上回り,特に15 keV(~850 km/s)以上の高速な成分では顕著であった.この過剰をもたらす要因として,分析した試料が太陽風に照射された時期に太陽が高エネルギーな成分を現在より多く放出していた,あるいは,太陽風注入による4He保持量の限界を超えたため表面付近のHeが脱ガスし,その結果,相対的にHeの高速成分が多く見えている可能性がある.
[1] Bajo et al. (2015) Geochemical Journal. 49. 559. [2] Nagao et al. (2011) Science. 333. 1128. [3] Wieler (2016) Chemie der Erde. 76. 463. [4] Yurimoto et al. (2016) Surface and Interface Analysis. 48. 1181. [5] 大槻 他 (2021) Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan. 69. 197. [6] Ziegler et al. SRIM - The Stopping and Range of Ions in Matter. (http://www.srim.org/). [7] Reisenfeld et al. (2013) Space Science Reviews. 175. 125.
LIMASはフェムト秒レーザーにより,イオン化ポテンシャルが最も高いHeでも高いイオン化効率で分析することが可能である[4].一次イオンビームはGaイオンビームを使っており,1 µmφ程度のビームを粒子表面の~10 × 16 µm2の領域に走査することで局所的な同位体分析ができる[5].試料はアポロ17号が収集した月レゴリス試料71501に含まれる粒径100 µm程度のイルメナイト粒子を用いた.試料はインジウム上にマウントし,走査型電子顕微鏡(JEOL,JSM-7000F)で試料表面の微細構造を観察した後,LIMASで希ガス深さ方向分析を行った.測定イオンは4He+と,イルメナイトの主要元素である56Fe2+,48Ti2+,16O+を同時に測定した.そして,得られた4He深さ方向分布を与える4He注入エネルギーの分布をTRIM(Transport of Ions in Matter; [6])によるイオン注入シミュレーションで推定した.TRIMではターゲット物質のパラメータを,組成(Fe0.95Mg0.05)TiO3,密度4.7 g/cm3と設定した.
走査型電子顕微鏡による試料表面の観察では,微小隕石の衝突痕やブリスターを確認した.これは,試料が月面の最表層に露出して太陽風照射を一定期間受けたことを意味する.LIMASで4Heの深さ方向分布を取得した.得られた深さ方向分布は試料表面から30 nm付近にピークを示し,300 nmまでなだらかに減衰した(Fig. 1).ピークの30 nmは~4 keV(~450 km/s)のエネルギーを持つ4Heのイルメナイトに対する飛程に対応し,ACE探査機が観測した現在の太陽風のエネルギー分布[7]のピークと一致する(Fig. 2).一方,5 keV以上の成分は月粒子から推定したものが現在の太陽風を上回り,特に15 keV(~850 km/s)以上の高速な成分では顕著であった.この過剰をもたらす要因として,分析した試料が太陽風に照射された時期に太陽が高エネルギーな成分を現在より多く放出していた,あるいは,太陽風注入による4He保持量の限界を超えたため表面付近のHeが脱ガスし,その結果,相対的にHeの高速成分が多く見えている可能性がある.
[1] Bajo et al. (2015) Geochemical Journal. 49. 559. [2] Nagao et al. (2011) Science. 333. 1128. [3] Wieler (2016) Chemie der Erde. 76. 463. [4] Yurimoto et al. (2016) Surface and Interface Analysis. 48. 1181. [5] 大槻 他 (2021) Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan. 69. 197. [6] Ziegler et al. SRIM - The Stopping and Range of Ions in Matter. (http://www.srim.org/). [7] Reisenfeld et al. (2013) Space Science Reviews. 175. 125.