日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG42] 地殻表層の変動・発達と地球年代学/熱年代学の応用

2022年6月1日(水) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (26) (Ch.26)

コンビーナ:長谷部 徳子(金沢大学環日本海域環境研究センター)、コンビーナ:末岡 茂(日本原子力研究開発機構)、田上 高広(京都大学大学院理学研究科)、コンビーナ:Lee Yuan Hsi(National Chung Cheng University)、座長:末岡 茂(日本原子力研究開発機構)、長谷部 徳子(金沢大学環日本海域環境研究センター)、福田 将眞(日本原子力研究開発機構)、Hsin-Yu Lee(Department of Geoscience, National Taiwan University)

11:00 〜 13:00

[SCG42-P01] 宇宙線生成核種10Beによる山地流域における人為的環境変化の復元:滋賀県・田上山地での新しい方法論の適用

★招待講演

*太田 凌嘉1,2松四 雄騎3、松崎 浩之4 (1.京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻、2.日本学術振興会特別研究員DC、3.京都大学防災研究所、4.東京大学総合研究博物館)


キーワード:人新世、流域の環境遷移、土層の持続性、レガシーセディメント、侵食加速

本講演では,人為影響により流域環境が遷移する過程に斜面から削剥された土砂量を定量化し,その環境変遷の履歴を復元するための地表生成宇宙線生成核種10Beを用いた新しい方法論を紹介する.この方法論の適用可能性は,滋賀県・田上山地で検証した.対象地域には,長年にわたる森林資源の消費とそれに伴う斜面侵食の加速により,土層および植生の状態が異なる流域が隣接して存在する.そこで,斜面被覆状態が保持されている流域(保持流域)と人為影響を受けて荒廃した流域(荒廃流域)から採取した渓流堆砂中の10Be濃度を分析し,人為影響を受けて流域環境が遷移する過程に斜面から削剥された土砂量を定量化した.さらに,人為影響を最も強く受けた荒廃流域の近傍に位置する山麓低地で採取したレガシーセディメントのボーリングコアを対象に堆積物中の10Be濃度分析および埋没有機物の14C年代測定を実施し,人為影響による流域斜面の侵食加速過程を復元した.流域ごとに10Be生成率が異なるので,測定された堆積物中の10Be濃度を対象流域の平均生成率で正規化し,砂粒子が宇宙線の貫入深度に滞留する時間をあらわした.その平均的な滞留時間は,保持流域では10.5 ± 1.8 kyなのに対して,荒廃流域では5.4 ± 1.4 kyであり,土層被覆が喪失したことを反映して異なる値を示している.レガシーセディメント中の10Be濃度プロファイルは,地表付近に向かってゆらぎながら低減する傾向がみられた.埋没有機物の14C年代測定から,そのような10Be濃度の減少は過去300年間に生起したことがわかった.渓流堆砂中の10Be濃度から計算される流域環境が遷移する過程に斜面から削剥された土砂量は,5.3 × 105–2.9 × 106 g m-2である.この地域における斜面構成物質の密度を1.6 × 106 g m-3と仮定すると,斜面から除去された地形材料の厚みは0.3–1.8 mと換算される.これら結果は,荒廃流域の斜面から土層被覆が完全に除去され,その後,露出した基盤岩が活発に侵食されていることを特徴づける.山麓堆積物の10Be濃度の深度方向の変動は,流域内の保持状態の斜面と荒廃状態の斜面それぞれに起源をもつ堆積物粒子の混合に起因すると考えられる.堆積物中の10Be濃度の希釈は,流域斜面に基盤岩が広く露出して,その濃度が小さな砂粒子が供給されるような状態へと変化したことをあらわす.そのような環境変遷が生起した時期は,この地域の歴史的な記録に残されているように,森林資源の枯渇とそれに伴う土砂災害が顕在化する時期にあたる.この地域の森林資源が1400年前ごろから消費され始めていることをふまえると,土層が流域斜面から無くなるまでに数百年を要したと考えられる.このことは,森林資源の消費が再生可能な範囲で規制されていれば,回帰不能な環境破壊を防ぐことができるということを示唆しており,山地流域において人為的環境攪乱が進行すると,元の状態へと戻ることができなくなるような転換点が存在することをあらわしているのであろう.