日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG44] Science of slow-to-fast earthquakes

2022年6月3日(金) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (23) (Ch.23)

コンビーナ:加藤 愛太郎(東京大学地震研究所)、コンビーナ:田中 愛幸(東京大学理学系研究科)、山口 飛鳥(東京大学大気海洋研究所)、コンビーナ:波多野 恭弘(大阪大学理学研究科)、座長:永冶 方敬(東京大学大学院理学系研究科)、Anca Opris(Research and Development Center for Earthquake and Tsunami Forecasting)

11:00 〜 13:00

[SCG44-P09] 深部スロー地震発生帯の地質学的特徴と応力推定に向けて: 三波川沈み込み型変成帯の例

*小山 雪乃丞1ウォリス サイモン1永冶 方敬1 (1.東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻)


キーワード:ETS、応力推定、転位クリープ、動的再結晶、石英

深部スロー地震の一種である episodic tremor and slow slip (ETS) は脆性-延性転移領域で発生し、低差応力、高流体圧、岩石の異方性などを呈す条件下で、脆性変形と延性変形を同時に生じさせると考えられている。このような ETS の定量的モデルの作成には、リアルタイム観測や物理モデルに加えて地質学的手法が不可欠である。地質学的手法では、沈み込みを経験した岩石を用いて直接観測できない深度の情報を入手できる。
 地質学的手法で地質構造とETSを関連付けるためには、(i)対象とする地質構造がプレート境界で生じたものであること (ii)形成場であるプレート境界が、現在ETSが活発に生じるプレート境界と同様な特徴を示すこと が望ましく、西南日本三波川帯はこの 2 点を満たすと考えられる。三波川帯では沈み込んだ海洋地殻由来の片岩類とマントルウェッジ由来の蛇紋岩が隣接し、プレート境界が露出していると言える。また ETS が活発な西南日本沈み込み帯のモデリングによる推定温度構造は、岩石学的に決定した三波川変成帯の形成条件と類似する。そこで本研究では、三波川帯でも特に露出が良好であり、先行研究の結果が豊富である四国中央部白滝ユニットの岩石を用いて、ETS が発生していた可能性の高い沈み込み帯プレート境界の変形に関する情報の取得を試みた。
 白滝ユニットの石英脈、及び珪質片岩中に見られる動的再結晶石英粒子について、電子線後方散乱解析(EBSD)を用いて結晶方位分布を取得した。先行研究のデータも加えて結晶方位定向配列(CPO)のopening angle を用いた変形温度推定を行ったところ、炭質物ラマン温度計による推定変成ピーク温度と整合的な結果を得た。これは上記組織が沈み込み時に形成されたことを示す。しかし一部のCPOはより低温の状態を示し、ピーク変成後、上昇時の変形を記録することが明らかになった。
 そこで変成ピーク温度と整合的な結果を示す試料について、結晶方位分布から粒界、粒径を決定し、応力、歪速度に変換した。これと三波川変成帯形成時に沈み込んでいた海洋プレート(イザナギプレート)運動速度を用いて、プレート境界において、プレート運動に伴う歪を石英転位クリープで賄う場合に必要な延性せん断帯の幅を計算すると、比較的高温高圧(500°C、0.9GPa)の変成を受けた試料で数kmとなった。一方で変成 PT 条件が低温定圧になると、必要な延性せん断帯幅が非現実的に大きくなり、プレート運動で生じる歪を転位クリープでは賄い切れない事が示された。しかし本地域では低変成度帯(300~350°C、0.6GPa)を中心に圧力溶解クリープを伴う微細褶曲、雲母類の面構造が広く確認でき、これらの構造を形成した脆性、延性変形が足りない歪の消費を補い、最終的に「数km幅のせん断帯」を形成した可能性がある。これは ETS が発生する深さである脆性-延性転移領域において、プレート境界は面ではなく、数km幅を持った連続変形領域であることを示唆する重要な結果である。同質な変形領域が幅広く存在することになり、この領域内であれば ETS に関連する変形はどこでも発生する可能性がある。
 近年、地質学的手法を用いて ETS を発生させる地質モデルが複数提案されている(例: メランジュの block と matrix; 石英 crack seal shear veins; 圧力溶解を伴うせん断褶曲)。本地域では蛇紋岩のblockは点在するが、低変成度域での欠落や周囲の岩体の連続性を踏まえると、メランジュとしての沈み込み帯の変形への寄与は少ないと考えられる。「圧力溶解を伴うせん断褶曲」は微細褶曲による変形を起点とし、形成過程に crack seal 脆性変形とその後の流体による石英充填を含むため、石英 crack seal shear veins と同様に ETS を説明するのに適した構造であると言える。また微細褶曲による変位は様々なスケールの褶曲を延性的に発生させ、これらの構造の規模や均質性、変形メカニズム(脆性、延性)の違いが ETS を構成する低周波の微動や短期スロースリップなどの諸現象を良く説明できる。本地域の調査では石英 crack seal shear veins を確認することが出来なかったが、一方で様々なスケールの褶曲や、微細褶曲は普遍的に確認できた。仮に微細褶曲と様々なスケールの褶曲の形成が ETS を発生させていた場合、本岩体を形成した沈み込みプレート境界では、ETS が数㎞幅のせん断帯に分布して発生していたことが示唆される。