日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG51] 機械学習による固体地球科学の牽引

2022年5月22日(日) 10:45 〜 12:15 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:久保 久彦(国立研究開発法人防災科学技術研究所)、コンビーナ:小寺 祐貴(気象庁気象研究所)、直井 誠(京都大学)、コンビーナ:矢野 恵佑(統計数理研究所)、座長:久保 久彦(国立研究開発法人防災科学技術研究所)、岡崎 智久(理化学研究所革新知能統合研究センター)、直井 誠(京都大学)

11:30 〜 11:45

[SCG51-09] スペクトル特徴量の確率モデルによる地震計振幅の異常検知

*深山 覚1内出 崇彦1堀川 晴央1椎名 高裕1、黒田 大貴2、緒方 淳1 (1.国立研究開発法人産業技術総合研究所、2.立命館大学)

キーワード:地震計、異常検知、機械学習

地震計の振幅の異常を単一観測点の単一イベントの観測波形から推定する方法について議論する。比較的長期間の地震イベントから把握される振幅の異常を、単一イベントの波形から推定できることは、迅速な地震計メンテナンスに有用である。本研究ではスペクトルの形状を表す特徴量の確率モデルを学習することで、振幅の異常を自動検知する方法を構築・検証した。速度波形の各軸(NS, EW, UD) 10次元の特徴量を用いて、検知性能指標(AUC)0.93(F1値0.905)の性能を実現した。

地震波形の振幅が想定される振幅と大きく異なること(10倍以上や0.1倍以下)を、本発表では地震計の振幅異常と呼ぶ。振幅異常は地震計が全く地表の動きを記録しない場合の他に、差分信号を計算するための2信号系列の片方が観測できない場合等、様々な理由で発生する(Ringler et al., 2021)。振幅異常は数週間から数ヶ月の間の観測データの振幅を見ることで把握できる。しかし単一観測点の単一イベントの波形の振幅のみでは判断しにくい。単一観測点の単一イベントの波形から振幅異常の可能性を見積もることができれば、不具合のある地震計の早期発見に役立つ。

本研究は、速度波形の振幅スペクトルに関する特徴量の確率モデルによって、単一観測点の単一イベントの波形から振幅異常を推定できることを示す。地震計の異常検知の既存研究には、隣接する広帯域地震計と強震計の振幅比と相互相関係数を用いる研究(Li et al., 2019)や、特徴量選択と外れ値検出手法を活用し、振幅スペクトルの0.2Hzの値を用いてF1値0.9以上の性能を実現した研究(Zaccarelli et al., 2021)がある。本研究では既存研究と同等(F1値0.905)の性能を実現できることを示す。

異常検知はデータの異常度を求める異常度計算器と、異常度から異常かどうかを値域[0,1]で出力する異常判定器から構成できる(Koizumi et al., 2019)。確率モデルである混合ガウス分布モデル(GMM: Gaussian Mixture Model)や変分オートエンコーダ(VAE: Variational Autoencoder)を用いる場合、異常度計算器では尤度や再構成ロスを計算し、異常判定器ではシグモイド活性化関数を持つニューロンを用いることで異常検知を実装できる。

振幅異常は振幅スペクトルの形状を変化させるため、スペクトル形状の確率モデルによって振幅異常を検知できると考えられる。そこで振幅スペクトルの形状の指標である10次元のスペクトル特徴量の確率モデルの有用性を検証した。地震イベントの速度波形(300秒)各軸にハミング窓をかけたのちに振幅スペクトルを求め、帯域0.02-10.0Hzのスペクトル特徴量を計算した。スペクトル特徴量はSpectral Centroid・Spectral Spread・Spectral Skewness・Spectral Kurtosis・Spectral Entropy・Spectral Flatness・Spectral Crest・Spectral Slope・Spectral Decrease・Spectral Rolloff Point(85%)の10種類である。

スペクトル特徴量と、より人手の介入の少ない特徴量であるスペクトルのログフィルタバンク出力(10-150次元)を用いて、異常検知の性能を比較した。産業技術総合研究所が茨城県北部に展開する臨時地震観測網の2016年7月1日から2021年8月31日までの茨城県北部を震源とする小規模な地震の観測データ76357点を使用した。各点は1000Hzサンプリングの南北(NS)・東西(EW)・上下(UD)3軸300秒間の速度波形である。NS軸/UD軸およびEW軸/UD軸の平均値を差し引いた後の最大振幅の比を目視で確認し、観測開始後1500日-1800日のイベントを記録した12550点を振幅異常であるデータとした。

性能比較結果を図に示す。縦軸は異常検知の性能を表す受信者操作特性に基づくArea Under the Curve(AUC)(値域: [0,1])、横軸は特徴量の次元数である。AUCが1に近いほど良好な性能といえる。凡例中のSPDはスペクトル特徴量、LFBはログフィルタバンク出力を表し、左図中のnはGMM混合数、右図中のz_dimはVAEの潜在変数の次元数を表す。GMMの場合(左図)、スペクトル特徴量による性能が、混合数(n)の違いに関わらずログフィルタバンク出力の性能より優れていた。ログフィルタバンク出力を用いると、次元数40-60次元で性能が極大となり、以後次元数増大に伴って性能が低下した。VAEの場合(右図)、ログフィルタバンク出力による性能は、特徴量の次元数増大に伴って性能が向上し、次元数が90次元を超えた時点で、VAEとスペクトル特徴量より優れた性能もしくは同等な性能であった。GMMとスペクトル特徴量を用いた場合に最も高い性能(AUC=0.93, F1値=0.905)を達成した。

本研究で用いたスペクトル特徴量が振幅異常の検知に有用なことがわかった。また、その特徴量の次元数(各軸10次元)が低いことから、GMMにより既存研究と同等の性能を実現できることがわかった。より高次元の特徴量を用いる場合、特徴量の次元増大に伴う性能低下を回避できるVAEを用いると良いことが示唆される。検知性能指標(AUC)0.93という性能は、単一イベントの速度波形から振幅異常を検知するのに十分であると考えられる。

[謝辞] 本研究は、文部科学省の情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト(STAR-Eプロジェクト)JPJ010217の助成を受けたものです。