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[SSS12-P08] 1780年ウルップ島地震による日本での津波のデータの信頼性
キーワード:千島列島、北海道東岸、聖ナタリア号航海日誌、歴史遠地津波、偽津波
広く利用されている国内外の津波カタログやデータベース[例えば,宇佐美・他(2013),NGDC/WDS Global Historical Tsunami Database (NCEI),TL/ICMMG Global Historical Tsunami Database (NTL)]のほとんどは、1780年に千島列島のウルップで発生した地震(以下,1780年ウルップ島地震)で北海道東岸に津波があったと記している.この地震による津波については,1780年6月29日にウルップ島東岸で地震と津波に遭遇したロシア船「聖ナタリア号」の航海日誌[Soloviev and Ferchev(1961)]が,当時の遭遇者自身が記録した,最も信頼できる情報源である.しかし,航海日誌には,択捉島やその南東への津波の到達と痕跡は記されていない.また,1780年までにウルップ島と北海道を含む地域の領有を宣言していた松前藩の年譜や系図[『福山旧事記』等]にも,この津波に関する記述は見当たらない.一方,1950年代以降に出版された津波年表の中には,1780年ウルップ島地震による津波が鎖国下の北海道本島東岸に経済的影響を与えたとする大森(1919)の解釈を参照したと考えられるものがある.この歴史認識が正しいかは別として,対象地域が間接的・経済的にではなく,直接的に津波の影響を受けたかのような誤解を招きやすい説明である.その後の津波カタログやデータベースで頻繁に参照されている飯田による津波カタログ[Iida (1984)]は,このような誤解に基づく英語による情報源の一つである.現在広く利用されているカタログの中には,オリジナルの史料を引用せず,誤解に影響された文献に基づいているものや,根拠を示さず誤解されたデータを収録しているものもある.従って,1780年ウルップ島地震による津波が日本に到達したという情報は根拠がないと判断するのが妥当であろう.1780年ウルップ島地震と津波に関する信頼できる情報は,直接の観測に基づく「聖ナタリア号」の航海日誌だけである.根拠のない情報に汚染されたデータをもとに1780年ウルップ島地震による誤った津波イメージが形成されている現状を正すため,カタログの誤った情報は削除されるべきである.
文献
Iida, K., 1984, Catalog of tsunamis in Japan and its neighboring countries, Aichi Institute of Technology, Toyota, Japan, 52p.
National Centers for Environmental Information (NCEI), NGDC/WDS Global Historical Tsunami Database. DOI:10.7289/ V5PN93H7.
Novosibirsk Tsunami Laboratory (NTL), 2005, TL/ICMMG Global Historical Tsunami Database, http://tsun.sscc.ru/gtdb/default.aspx.
大森房吉, 1919, 本邦大地震概表(臺灣朝鮮ヲ除ク), 震災豫防調査會報告, no.88乙, 1-61.
Soloviev, S.L. and M.D. Ferchev, 1961, Summary of data on tsunamis in the USSR, Bull. Counc. Seismol. Acad. Sci. USSR [Соловьев, С.Л. и М.Д. Ферчев, 1961, Сводка данных о цунами в СССР, Бюллетень Совета по сейсмологии, Академия наук, СССР], 9, 23-55. (in Russian)
宇佐美龍夫・石井寿・今村隆正・武村雅之・松浦律子, 2013, 日本被害地震総覧599-2012, 東京大学出版会, 724p., ISBN 4130607596.
文献
Iida, K., 1984, Catalog of tsunamis in Japan and its neighboring countries, Aichi Institute of Technology, Toyota, Japan, 52p.
National Centers for Environmental Information (NCEI), NGDC/WDS Global Historical Tsunami Database. DOI:10.7289/ V5PN93H7.
Novosibirsk Tsunami Laboratory (NTL), 2005, TL/ICMMG Global Historical Tsunami Database, http://tsun.sscc.ru/gtdb/default.aspx.
大森房吉, 1919, 本邦大地震概表(臺灣朝鮮ヲ除ク), 震災豫防調査會報告, no.88乙, 1-61.
Soloviev, S.L. and M.D. Ferchev, 1961, Summary of data on tsunamis in the USSR, Bull. Counc. Seismol. Acad. Sci. USSR [Соловьев, С.Л. и М.Д. Ферчев, 1961, Сводка данных о цунами в СССР, Бюллетень Совета по сейсмологии, Академия наук, СССР], 9, 23-55. (in Russian)
宇佐美龍夫・石井寿・今村隆正・武村雅之・松浦律子, 2013, 日本被害地震総覧599-2012, 東京大学出版会, 724p., ISBN 4130607596.