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[SVC31-14] 箱根火山ガス中の硫黄同位体比に関する考察
キーワード:箱根火山、火山ガス、硫黄同位体、平衡温度
箱根火山は神奈川県西部にある活火山である。2015年4月末から群発地震が始まり、6月29日に小規模な水蒸気噴火が発生した。その後、2019年5月に群発地震が再び発生した。現在でも大涌谷では、噴気孔から火山ガスが活発に噴出している。火山ガス中にはSO2やH2Sなどの硫黄成分が含まれており、その硫黄成分の硫黄同位体比は火山ガス成分の挙動や過程の追跡、平衡温度を推定できる有用なパラメータの一つである。本研究では火山ガス中に含まれるSO2やH2Sの硫黄同位体比を測定し、箱根火山内部での火山性流体の挙動や平衡温度について考察する。
火山ガスは大涌谷の噴気孔(15-2)で、2019年1月から2020年5月まで、月に1度の頻度で採取した。この噴気孔は2015年の水蒸気噴火の際に形成された。火山ガスを採取するために、噴気孔にチタン管を差し込み、空気の混入を避けるため土砂ですき間を塞いだ。噴気孔からのチタン管をゴム管に接続し、火山ガスをヨウ素酸カリウムとヨウ化カリウムの混合溶液を入れた吸収管や、水酸化カリウムを入れた真空容器に吸引して採取を行った。採取した火山ガス中のSO2やH2Sは酸化させて,BaSO4沈殿物としてから、連続フロー型安定同位体比質量分析装置にて硫黄同位体比を求めた。
測定されたSO2の硫黄同位体比(δ34SCDT)は+13.8‰~+16.2‰、H2Sは-4.5‰~-3.3‰、全硫黄成分(ΣS)は+2.3‰~+8.7‰であった。δ34S値を経時変化でみると、SO2のδ34Sは地震回数が増加した2019年5月頃をピークに2.4‰低下し、その後緩やかな上昇傾向であった。一方H2Sのδ34Sはあまり変化しなかった。ΣSのδ34Sは2019年8月をピークに6.4‰上昇し、その後低下傾向であった。このことから、箱根火山の活動期において、地震回数の変化とSO2・ΣSのδ34S値は相関していると考えられる。
本研究期間に採取した火山ガス組成割合より導き出した化学平衡温度(Ohba et al., 2010)と硫黄同位体比から求めた同位体平衡温度(Richet et al., 1977)を比較してみると、化学平衡温度が276℃~513℃に対して、同位体平衡温度は205℃~237℃と全体的に低い値となった。化学平衡温度は高温の深部での状態を反映し、同位体平衡温度は比較的低温の浅部での同位体交換を反映しているのではないかと考えられる。また化学平衡温度について、2019年5月、10月、2020年3月はそれぞれの前月と比較して160℃以上の大きな上昇がみられた。この3回の化学平衡温度の大きな上昇において,H2/H2Oが急増している。マグマ性流体が支配する領域に対し、周辺に存在する還元的でH2に富む流体が侵入したと考えられる。一方同位体平衡温度は2019年5月頃をピークに2019年2月と比較して30℃ほど上昇し、以降大きな変化がみられなかった。このことから箱根火山の2019年の活動期において、火山内部の温度が上昇したと考えられ、同位体交換が起きている火山内部の環境は活動期後も2020年5月までは比較的に高温の状態を維持しているのではないかと考えられる。
参考文献
P. Richet, Y. Bottinga, M. Javoy (1977) Annual Review of Earth and Planetary Sciences, doi:10.1146/annurev.ea.05.050177.000433
T. Ohba, T. Sawa, N. Taira, T. Frank Yang, H. Fen Lee, T. Faith Lan, M. Ohwada, N. Morikawa, K. Kazahaya (2010) Applied Geochemistry, doi:10.1016/j.apgeochem.2010.01.009
火山ガスは大涌谷の噴気孔(15-2)で、2019年1月から2020年5月まで、月に1度の頻度で採取した。この噴気孔は2015年の水蒸気噴火の際に形成された。火山ガスを採取するために、噴気孔にチタン管を差し込み、空気の混入を避けるため土砂ですき間を塞いだ。噴気孔からのチタン管をゴム管に接続し、火山ガスをヨウ素酸カリウムとヨウ化カリウムの混合溶液を入れた吸収管や、水酸化カリウムを入れた真空容器に吸引して採取を行った。採取した火山ガス中のSO2やH2Sは酸化させて,BaSO4沈殿物としてから、連続フロー型安定同位体比質量分析装置にて硫黄同位体比を求めた。
測定されたSO2の硫黄同位体比(δ34SCDT)は+13.8‰~+16.2‰、H2Sは-4.5‰~-3.3‰、全硫黄成分(ΣS)は+2.3‰~+8.7‰であった。δ34S値を経時変化でみると、SO2のδ34Sは地震回数が増加した2019年5月頃をピークに2.4‰低下し、その後緩やかな上昇傾向であった。一方H2Sのδ34Sはあまり変化しなかった。ΣSのδ34Sは2019年8月をピークに6.4‰上昇し、その後低下傾向であった。このことから、箱根火山の活動期において、地震回数の変化とSO2・ΣSのδ34S値は相関していると考えられる。
本研究期間に採取した火山ガス組成割合より導き出した化学平衡温度(Ohba et al., 2010)と硫黄同位体比から求めた同位体平衡温度(Richet et al., 1977)を比較してみると、化学平衡温度が276℃~513℃に対して、同位体平衡温度は205℃~237℃と全体的に低い値となった。化学平衡温度は高温の深部での状態を反映し、同位体平衡温度は比較的低温の浅部での同位体交換を反映しているのではないかと考えられる。また化学平衡温度について、2019年5月、10月、2020年3月はそれぞれの前月と比較して160℃以上の大きな上昇がみられた。この3回の化学平衡温度の大きな上昇において,H2/H2Oが急増している。マグマ性流体が支配する領域に対し、周辺に存在する還元的でH2に富む流体が侵入したと考えられる。一方同位体平衡温度は2019年5月頃をピークに2019年2月と比較して30℃ほど上昇し、以降大きな変化がみられなかった。このことから箱根火山の2019年の活動期において、火山内部の温度が上昇したと考えられ、同位体交換が起きている火山内部の環境は活動期後も2020年5月までは比較的に高温の状態を維持しているのではないかと考えられる。
参考文献
P. Richet, Y. Bottinga, M. Javoy (1977) Annual Review of Earth and Planetary Sciences, doi:10.1146/annurev.ea.05.050177.000433
T. Ohba, T. Sawa, N. Taira, T. Frank Yang, H. Fen Lee, T. Faith Lan, M. Ohwada, N. Morikawa, K. Kazahaya (2010) Applied Geochemistry, doi:10.1016/j.apgeochem.2010.01.009