日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC32] 火山噴火のダイナミクスと素過程

2022年6月3日(金) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (22) (Ch.22)

コンビーナ:大橋 正俊(東京大学地震研究所)、コンビーナ:並木 敦子(名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻)、鈴木 雄治郎(東京大学地震研究所)、コンビーナ:新谷 直己(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座)、座長:大橋 正俊(九州大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門)

11:00 〜 13:00

[SVC32-P10] 減圧発泡実験と古典核形成理論に基づく含水流紋岩質メルトの界面張力の推定

*西脇 瑞紀1 (1. 九州大学 理学府 地球惑星科学専攻)

キーワード:界面張力、減圧発泡実験、気泡数密度、核形成速度、流紋岩質メルト、水

【背景】
火山の噴火現象を構成する素過程の一つにマグマの発泡現象がある。減圧を受けてケイ酸塩メルトに過飽和になった揮発性成分 (H2O, CO2など) は気相として核形成したのち、成長・膨張・合体・分裂・変形などを経て、地表付近に達するとメルトや結晶を破砕する。これらの素過程を物理的に理解する上で欠かせない物理量にメルト-気相の界面張力 [N/m] がある。Bagdassarov et al. (2000) はセシルドロップ法を用いて、花崗岩質メルト-気相の界面張力を高温・高圧下でその場測定することに成功した (図中の実線)。2022年現在、この論文が最後の直接測定例であり、同様の研究は流紋岩質デイサイトを扱ったEpel’baum (1973)、玄武岩質メルトを扱ったKhitarov et al. (1979) の2編しか存在しない。
一方、核形成過程をターゲットとしたマグマの室内減圧発泡実験 (※) に関する近年の一連の研究において、界面張力が算出されている (Mangan and Sisson, 2000; Mourtada-Bonnefoi and Laporte, 2004; Cluzel et al.,2008; Hamada et al., 2010; Gardner and Ketcham, 2011; Gardner et al., 2013など)。具体的には、実験産物の発泡組織の顕微鏡観察や画像解析によって求められる気泡数密度 [個・m-3] に合うように、核形成速度 [個・m-3・s-1] の理論式 (Hirth et al., 1970 のものが多用されている) に含まれる界面張力の値が決定されている。Shea (2017) は、各論文で計算に使用されている物理パラメータ (メルト中の水の拡散係数、水の部分モル体積、飽和圧と気泡核内圧を同一視するか否か) にばらつきがあることを問題視し、Hirth et al. (1970) の理論式を用いて統一的に計算し直した (図中の破線)。

【本論】
Hajimirza et al. (2022) は、6種類の温度・水和圧条件 (Suite 1-6) で含水流紋岩質メルトの急減圧実験を行い、最終圧力において急冷するまでの保持時間を数秒単位で多数刻んだ。これらのサンプルの気泡数密度の測定結果から、これまで分解能の低かった核形成速度の時間発展が明らかになった。本研究ではこの結果をToramaru and Miwa (2008) の核形成速度の理論式に代入し、界面張力を求めた。従来の方法からの改善点は、(1) 精度良く求められた核形成速度の値と理論式を直接比較できること、(2) 理論式の指数項にPoynting 補正が入っていることである。Poynting 補正とは、気泡核周囲の液圧が変化する場合に、液圧の圧縮性の気泡内平衡蒸気圧への影響を考慮する補正である (Blander and Katz, 1975)。
図はHajimirza (2019) のFig. 1 を改編したもので、縦軸は界面張力、横軸は圧力である。シンボル内の色は温度に対応する。Decompression experiments をShea (2017) が計算し直した値で再プロットした (枠線が破線のもの)。また、今回新たにHajimirza et al. (2022) のデータから求めた値を星印で表した。Suite 1-6の各点は概ね直線状に並び、1次近似すると {界面張力 N/m} = -2.76 E-4 {飽和圧 MPa} +0.127となった。Shea (2017) の作成した近似式 (破線) は圧力依存性が非常に弱かったが、本研究の近似式 (点線) はBagdassarov et al. (2000) の実測値 (実線) と同様に大きな圧力依存性の傾向を示している (◎)。圧力の減少に対して界面張力が顕著に大きくなるということは、マグマの減圧が進むにつれて気泡核形成が相対的に困難になる方向に進み、過飽和がなかなか解消されない状態が長引くことを意味する。界面張力は核形成速度を指数関数的に支配する影響力の非常に大きい物理パラメータであるため、マグマの発泡現象の定量的議論に使用するためにはPoynting 補正は重要であると考える。

【補足】
※ 高温炉と水やガスを圧力媒体とした高圧発生ラインを組み合わせた装置を用いる。火山ガラスと水の混合物を溶融させてマグマを作り、温度・圧力・減圧量・減圧速度を人工的に制御しながらマグマの減圧発泡を再現する。
◎ Bagdassarov et al. (2000) による巨視的な界面張力の実測値は、減圧発泡実験のデータと古典核形成理論から求められた値よりも有意に大きい。この差異は、前者は平衡状態を、後者は過飽和という非平衡状態を扱っていることに起因する。平衡に近似できる状態では気泡核形成が起こる場合、新しく形成される界面の表面張力は、平坦な界面のそれとほぼ一致する (毛細管近似)。ゆえに、巨視的な界面張力を用いて核形成速度や気泡数密度を計算する近似は、厳密には平衡状態の付近でのみ有効である (Kelton and Greer, 2010)。しかし、平衡からのずれが大きくなると、新しい相と元の相の間の界面は鋭い界面から離れて拡散するようになり、表面張力は平衡からの乖離の度合い、すなわち過飽和度合いに依存する可能性がある。Gonnermann and Gardner (2013) は非古典的アプローチによって界面張力を見積っており (0.067-0.080 N/m)、その値はほかの論文で報告されている古典核形成理論から求められた値と概ね合致している。

本研究はJSPS科研費JP20J20188の助成を受けました。