日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC33] 火山の熱水系

2022年6月1日(水) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (24) (Ch.24)

コンビーナ:藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)、コンビーナ:神田 径(東京工業大学理学院火山流体研究センター)、大場 武(東海大学理学部化学科)、座長:藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)

11:00 〜 13:00

[SVC33-P03] 湖水の化学組成からみた草津白根山湯釜火口での最近(1982年以降)の噴火の要因

*谷口 無我1、大場 武2、寺田 暁彦3 (1.気象研究所火山研究部、2.東海大学理学部、3.東京工業大学理学院)

キーワード:草津白根山、湯釜火口湖、結晶化マグマ、シーリングゾーン、Mg/Cl比

はじめに
草津白根山白根火砕丘の湯釜火口湖は水蒸気噴火の発生場として知られ, 例えば最近50年間だけでも, 1982–83年にかけて5回の水蒸気噴火が発生したほか, 1989, 1996年には火口内での突出(微/小噴火)が発生している(草津白根火山観測所, 1996; 寺田, 2018). その後, 1996年から2012年までは熱水系の冷却が続いていたが(Takahashi and Fujii, 2014), 2014年および2018年には地殻変動や湯釜直下の温度上昇を示唆する磁力変化などを伴った群発地震が発生し(Terada et al., 2021; 気象庁, 2021), これ以降は地震回数が多い状態が続いている. 本研究では, 2005年11月から2021年11月までに採取された湯釜火口湖の化学組成を分析するとともに過去の分析値(Ohba et al., 2008)も取り入れて, 湯釜直下のマグマ–熱水活動および1982年以降の噴火の本質的な要因について検討した.

結果および考察
草津白根山の放熱量は山頂域の湯釜火口湖やその周辺の噴気地帯で20MW前後, 山麓の温泉水から110MW程度と非噴火期の活火山としては大きいが(Ohba et al., 1994; 上木・寺田, 2012; Kagiyama, 1981), 湯釜火口湖を擁する白根火砕丘での最新のマグマ噴火は約1,400年前であること(亀谷ほか, 2021), 少なくとも1990年代以降に湯釜火口浅部にはマグマ貫入の兆候は検出されていないこと(Munekane, 2021; Terada et al., 2021), 浅部で活発に脱ガスするマグマから放出される代表的な化学種であるSO2は湯釜火口周辺の火山ガスには低濃度であること(Ohba et al., 2019)などを勘案し, 本研究では湯釜火口湖の駆動源として縁辺約400℃付近に二次鉱物の析出による閉塞(シーリング)が発達する結晶化しつつあるマグマ–熱水系(Giggenbach, 1992; Fournier, 1999)を想定した. シーリング層よりも上位は脆性領域であり発達した割れ目を地下水・熱水が循環し, これよりも下位は塑性変形の領域で透水性が低い. また本研究では, シーリングを構成する鉱物(シリカ, (硬)石膏, 明礬など)が地下水と接触して溶出が促進した場合の指標としてSi, Ca, Al濃度に, シーリング内部の高温岩体と地下水との相互作用の促進の指標(Giggenbach and Glover, 1975)としてMg/Cl比を着目した.
2005年から2012年にかけては湖水のClとSO4濃度が緩やかに減少し, シーリングの発達によってマグマから発せられる流体の熱水系への供給が抑制されたと考えられた. 一方, 2006年から2007年にかけて湖水のAl, Ca, Siなどの濃度とMg/Cl比が一時的に増加した. これは上記の仮定に基づくと, シーリングの溶出と, 地下水とシーリング内部の高温岩体との接触が起きたことを意味する. ただし, この時期にはClやSO4濃度が増加していないため, この時のシーリングの破壊はマグマ性流体の供給・増圧によるものとは考え難く, むしろ1996年以降の長期間わたる熱水系の冷却に伴って地下水循環が深化し, 地下水がシーリング層を溶出・薄弱化させたことで発生したと考えられた.
2014年の群発地震後には再び湖水に含まれるSi, Ca, Alなどの増加が観測され, シーリング層の溶出が疑われた. ただし, この時には顕著なpH低下とCl濃度の増加を伴っていたことから, HCl に富むマグマ性流体がシーリングを突き破って熱水系に供給され, この時にシーリングが破砕されることで溶解が促進したと考えられた. 一方, 2014年の地震後にはシーリングの破壊が疑われたもののMg/Cl比は上昇しなかった. これはシーリングの破砕部から上昇するマグマ性流体の流れが顕著だったために地下水のシーリング内部への浸入を阻害したことが原因と考えられた.
2014年の地震以降に増加した各種の溶存成分は2016年をピークに減少傾向に転じたが, 2018年の群発地震発生以降は断続的なClの増加(あるいは減少傾向の停滞)やSi, Ca, Alなどの増加が観察され, Mg/Cl比にわずかな上昇が観察された. Cl濃度などを指標とすると, 2018年以降のマグマ性流体の供給の規模は2014年よりも小規模とみられ, つまりマグマ性流体の上昇が強まらなかったために地下水のシーリング下への浸入を阻害しきれず, 地下水と高温岩体との接触が促進したと考えられる.
これらの観察から得られる示唆の一つは, 湯釜火口湖の駆動源として想定した結晶化しつつあるマグマ縁辺のシーリングの破壊には少なくとも2つの様式(地下水循環によるシーリング上面からの溶出破壊と, マグマ性流体の供給によるシーリング内部からの破壊)があることである. また, 1982年以降に湯釜火口で発生した噴火はいずれもCl濃度が減少する時期に発生してMg/Cl比の上昇を伴っていたのに対し, 顕著なCl濃度の増加があった2014年の地震多発の前後では湖水のMg/Cl比は上昇せず, 噴火あるいはそれに類する現象は発生しなかった(Ohba et al., 2008; Yaguchi et al., 2021). このことから, 湯釜火口における1982年以降の噴火には, マグマ性流体の供給そのものよりも, 地下水と高温岩体との相互作用が本質的な役割を果たしていたと考えられる. これはすなわち, 湯釜火口では新鮮なマグマの上昇や活発な脱ガスがなくとも, 熱水系を循環する地下水がシーリングを溶出破壊して内部の高温岩体と接触することで噴火を引き起こす可能性があることを示している.