日本地球惑星科学連合2023年大会

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[E] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS04] 台風研究の新展開~過去・現在・未来

2023年5月23日(火) 09:00 〜 10:15 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:辻野 智紀(気象研究所)、金田 幸恵(名古屋大学宇宙地球環境研究所)、伊藤 耕介(琉球大学)、宮本 佳明(慶應義塾大学 環境情報学部)、座長:辻野 智紀(気象研究所)、金田 幸恵(名古屋大学宇宙地球環境研究所)

09:00 〜 09:15

[AAS04-01] 数値実験による台風二重壁雲の形成メカニズムー対流圏中上層からの乾燥空気の流入および蒸発・昇華による冷却の役割ー

笠見 京平1、*佐藤 正樹1 (1.東京大学大気海洋研究所)

キーワード:台風、壁雲交換、多重壁雲、メソスケールの下降する流入

台風ではしばしば壁雲交換と呼ばれる現象が見られることがある。この現象は壁雲の外側に別の壁雲が生じ、その後内側の壁雲が消滅する現象である。壁雲交換は台風の強度に大きな影響を与える現象であるため、そのメカニズムを解明することは、科学的のみならず、社会的にも重要な課題である。

二重壁雲の形成メカニズムとしては、渦度異常の軸対称化(Terwey and Montgomery 2008)、渦度勾配の局所的な増大による摩擦上昇流(Kepert 2013)、境界層の非平衡力学(Huang et al. 2012)などが提唱されているが、いまだにコンセンサスは得られていない。Huang et al. (2012)によると、下層インフローに伴う接線風強化によって中心から離れた位置に外側壁雲が形成する。また、層状性降水域の非断熱冷却によって形成される対流圏中層から下層への流れ(MDI)と、二重壁雲との関連が指摘されている(Didlake et al. 2018)。しかし、乾燥空気の流入と蒸発・昇華による冷却がMDIを通して外側壁雲の形成に影響を及ぼす詳細な過程については、まだ十分に理解されているとは言えない。そこで、本研究では外側壁雲の形成における対流圏中上層からの乾燥空気の流入と蒸発・昇華による冷却の役割を数値実験を用いて調べた。

まず、非静力学モデルNICAMを用いて理想化実験を行った。コントロール実験では、対流圏中上層の乾燥空気流入の存在と非断熱冷却による下降流の形成が確認できた。また、先行研究で指摘されている超傾度風による外側壁雲形成メカニズムが働いていることも確認できた。
感度実験では、台風の外側の対流圏中上層で水蒸気混合比を増加する実験を行なった。その結果、水蒸気混合比が大きいほど外側壁雲の形成が妨げられ、外側壁雲の形成がより遅れることがわかった。対流圏中上層の水蒸気混合比の増加が外側壁雲の形成を妨げるメカニズムは以下の通りである。まず、水蒸気混合比が大きくなることによって、蒸発・昇華による非断熱冷却がコントロール実験よりも弱くなり、それに伴って下降流も弱くなる。下降流が弱くなることによって気圧場が変化し、気圧傾度力の変化に伴う非傾度風成分によって対流圏中上層と下層のインフローが弱くなる。インフローが弱くなると、外側壁雲形成域への角運動量輸送が小さくなる。このようにして先行研究で指摘されている超傾度風による外側壁雲形成メカニズムが働きにくくなる。

次に、非静力学モデルasucaを用いて現実実験を行った。対象は令和2年台風第10号Haishenで、地上レーダー観測で二重壁雲が確認された事例である。複数の初期時刻から実験を行うと、初期時刻が新しいものほど二重壁雲がはっきりと見られた。二重壁雲が最もはっきりと見られた実験では、台風の西側の対流圏中上層で乾燥したインフローが確認された。異なる初期時刻の実験について、対流圏中上層の動径風場と水蒸気場を比較すると、初期時刻が新しいものほど対流圏中上層のインフローが強く、より乾燥していた。この乾燥空気の流入域は初期時刻が最も新しい実験の初期時刻において沖縄から奄美の西側に存在しており、この領域は台風を回り込む風を考えると、高層気象観測を行っている観測点の風下側にあたる。ゆえに、高層気象観測のデータが同化されることによって二重壁雲の再現性が改善した可能性がある。この実験結果は、観測によって対流圏中上層の水蒸気場をより正確に捉えることで、二重壁雲の予測精度向上に繋がる可能性があることを示唆している。