日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS07] 大気化学

2023年5月22日(月) 10:45 〜 12:15 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:坂本 陽介(京都大学大学院地球環境学堂)、内田 里沙(一般財団法人 日本自動車研究所)、石戸谷 重之(産業技術総合研究所)、岩本 洋子(広島大学大学院統合生命科学研究科)、座長:竹谷 文一(海洋研究開発機構)、竹川 暢之(東京都立大学 大学院理学研究科)

11:45 〜 12:00

[AAS07-10] 2022年フンガトンガ噴火で成層圏に注入されたSO2の初期の拡散・酸化過程

*正木 悠斗1関谷 高志2須藤 健悟1,2 (1.名古屋大学大学院環境学研究科、2.海洋研究開発機構)


キーワード:火山噴火、フンガトンガ、SO2、化学気候モデル、衛星観測

大規模な火山噴火では,火山灰・二酸化硫黄(SO2)・水蒸気などの物質が成層圏に注入されることがある.特にSO2酸化で生成される硫酸塩エアロゾル,および水蒸気は,地表面・成層圏の気温だけでなく大気化学場にも影響を与えることが考えられる.水蒸気の注入は水酸化ラジカル(OH)の濃度増大を招き,成層圏でのSO2酸化を促進する.また,灰は赤外吸収により大気を加熱するため,SO2の初期拡散に影響を与える可能性がある.2022年1月15日に発生したトンガの海底火山フンガトンガ(HT)の噴火は,大量の水蒸気放出を伴う大規模な海底火山噴火となり,これによる様々な影響が議論され始めている.本研究では,このHT噴火について,エアロゾル拡散およびその気候影響を考える上で重要となる初期の拡散過程(噴火から~20日)に焦点を当て,衛星観測および化学気候モデル実験により,実態に迫る.
 本研究では,化学気候モデルCHASERを用いて,SO2,水蒸気,灰(ダスト)を成層圏の下部から中部に注入するHT噴火実験を行った.CHASERはSO2酸化などの硫酸塩エアロゾルシミュレーション,および成層圏オゾン化学のシミュレーションを含んでいる.また,成層圏エアロゾルはmodal法で表現され,乾性・湿性沈着も考慮される.本研究ではCHASERシミュレーション結果と衛星OMI観測データの比較も行い,SO2と関連する物質の拡散・酸化過程を検証・考察する.この際,焦点を3つ設定した.1つは,HT噴火時の水蒸気注入に伴うSO2酸化の促進(Zhu et al., 2022)に関してであり,CHASERを用いOH増大効果やSO2への影響を検証する.2つ目は,不確定性の高いSO2の注入高度に関して,異なる高度帯にSO2を注入する感度実験を通じて行う.最後に,3つ目は,火山灰の放射加熱効果によるSO2拡散への影響の議論である.1つ目と2つ目の検証実験では,気象場をNCEP再解析データへナッジングさせたが,3つ目の検証実験では噴火後に限りナッジングを適用しない設定とした.
 まず,水蒸気注入効果を確認する実験ではSO2の消失過程に大きな違いが現れることがわかった.SO2の大気中滞留時間の指標となるe-folding時間は,水蒸気注入を行わない場合は約20日であったが,水蒸気注入を行うと約7日と大幅に短くなり,OMIや先行研究の観測結果と整合的になった.このSO2の滞留時間の短縮には,水蒸気注入に伴うOH生成の促進により,SO2の気相酸化反応が約3倍促進されたことが大きく影響したと考えられる.
次に,SO2の注入高度に関する検証結果を示す.緯度拡散や滞留時間の解析から,高度20 km以上のみに注入を行った場合に限りOMI観測の再現性が高くなった.一方で,高度20 km以下にも注入を行うと,OMI観測と比べて,滞留時間は過大評価され,緯度拡散では大きく南を推移するようになり,その後の拡散過程においてもSO2が十分に上昇しないことが示された.この結果から,OMI観測の火山性SO2の大部分の初期注入高度は20-30kmであり,主にBD循環の北向きブランチで緯度拡散すると考えられる.本研究では,HT噴火において噴煙の傘雲が高度方向に上下2段形成されたとする観測結果を踏まえた実験も行ったが,結果はSO2衛星観測と整合的でなく,主たる上段の傘雲に大部分のSO2が注入された可能性が高いことが示された.
 最後に,火山灰による放射加熱効果に着目する実験から,噴火後2日間に見られた急激なSO2の高度上昇は火山灰による放射加熱が大きく影響している可能性が示唆された.また,灰による放射加熱を考慮しない場合,OMI観測よりも緯度拡散が不活発になったことから,HT噴火において,灰の放射加熱の重要性が示された.
 今後,本研究で得られた情報を基に,放射影響やオゾン場への影響など,HT噴火の中長期的な気候影響を調べることが求められる.