日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS07] 大気化学

2023年5月22日(月) 15:30 〜 16:45 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:坂本 陽介(京都大学大学院地球環境学堂)、内田 里沙(一般財団法人 日本自動車研究所)、石戸谷 重之(産業技術総合研究所)、岩本 洋子(広島大学大学院統合生命科学研究科)、座長:猪俣 敏(国立研究開発法人国立環境研究所)、坂本 陽介(京都大学大学院地球環境学堂)、内田 里沙(一般財団法人 日本自動車研究所)

15:30 〜 16:00

[AAS07-16] 反応性窒素問題の国際動向と反応性窒素の陸面-大気プロセスの不確実性

★招待講演

*仁科 一哉1 (1.国立環境研究所)

キーワード:反応性窒素

化石燃料燃焼利用と人為的な窒素利用の増大のために、窒素の生物地球化学フローは地球臨界点を超えた状態となっており、反応性窒素による種々の環境問題を引き起こしている。これまで反応性窒素の環境問題は大気汚染、水質汚染、気候変動など個別に対処され、また比較的ローカルな問題として対処されてきたが、現在では国際環境問題としての認識が高まっている。こうした中、2019年の第4回国連環境総会では、持続可能な窒素に関する決議が採択され、統合的窒素管理の重要性と全球レベルでの廃棄窒素の総量削減に向けた取り組みについて言及された(なお第4回では廃棄窒素半減とされたが、2022年の第5回では大幅削減と変更されている)。現在、削減にむけた国際的な枠組みについて議論が進んでいるところであり第6回国連環境総会で、窒素関連政策の政府間調整メカニズム等の具体的な仕組みが示される。このような中、国連加盟国に向けては窒素削減実施にむけた国家行動計画の策定を促すことが予定されている。つまり日本の国家廃棄窒素インベントリの報告など対応が必要となる可能性が高く、窒素フロー・収支の把握が必要不可欠である。

陸域は人為起源の反応性窒素の最大のシンクであり、2020年現在では大気沈着として年間65 Tg-N、化学肥料として107 Tg-Nの窒素が負荷されていると見積もられている。そのうち、農耕地だけに着目すると化学肥料に加えて堆肥由来の窒素が年間22 Tg-N、生物的窒素固定として32 Tg-N、大気沈着として17 Tg-Nの負荷が行われていると考えられているが、そのうち作物として収穫されるのは78 Tg-N程度と推計されている。作物吸収のうち、半分が土壌有機物の無機化起源であるとすると、120 Tg-N程度が環境中へ放出されるという計算になり、水域、大気への反応性窒素のソースとしての役割も果たす(またこの数値から、いかに無駄に窒素が利用されているかがわかる)。このうち、ガスとしてはNH3, NO (HONO), N2O, N2の形態として大気中に拡散されるが、その量は未だ不確実性が大きい。例えば窒素モデル相互比較プロジェクト(NMIP)では年間の農耕地からのN2O排出は2.3 Tg-Nから5.2 Tg-Nを高い不確実性を有する。それでも全球レベルで最も定量化が進んでいるのは温室効果を有するN2Oであり、イベントリ、数値モデルを用いたボトムアップ手法、インバージョンを使ったトップダウン的手法などのそれぞれでアプローチで定量化が進んでいる。またフィールドレベルのフラックス観測が最も多く行われている。しかしN2Oは、これらのガス種の中、あるいは窒素フロー全体としてのマスバランスから考えると極めて小さいフローしか有しておらず、数値モデルは、未だほとんど全球レベルの窒素フローの制約が出来ていないに等しいというのが現状である。現在、NMIPのフェイズ2では、N2Oだけではなく、そのほかの反応性窒素ガス種や窒素流出に関する項目についても検証が始められたところである。先に述べた通り、政策・管理でもそれぞれの反応性窒素種は個別に扱われてきたが、それは研究レベルでも同様で、今後の統合的な研究が必要とされる。

最後に国内に着目する。Hayashiら(2022)によって日本の窒素インベントリが整備された。このインベントリによると21世紀に入り日本の環境中への反応性窒素ロスの総量が一貫して減少傾向にあることが明らかになっている。特に非固定発生源のNOx排出量の減少の貢献が大きいが、同様に農地からの排出も減少傾向にある。陸域生態系に着目すると、土壌NO (HONO)排出などは計上されておらず、N2O排出よりは大きな排出があることを考えると、反応性窒素インベントリの網羅性はまだ十分でない。また、そもそも現場観測も不足しているため排出量の推計を行うことは今後の課題である。Hayashiら(2021)のインベントリとREASやEDGAR等と比較すると、N2O以外の反応性窒素種の不確実性が大きいことがわかってきた。今後、大気-陸面プロセスを含む様々な窒素フローの精緻化が必要とされる。また脱炭素の一環で行われる予定である火力発電所におけるNH3燃焼利用による窒素収支への影響についても考察する。