日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS09] 成層圏・対流圏過程とその気候への影響

2023年5月25日(木) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (3) (オンラインポスター)

コンビーナ:田口 正和(愛知教育大学)、江口 菜穂(九州大学 応用力学研究所)、高麗 正史(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、野口 峻佑(九州大学 理学研究院 地球惑星科学部門)


現地ポスター発表開催日時 (2023/5/26 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[AAS09-P09] 太陽放射改変の科学的理解の現状と課題

*渡辺 真吾1 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構)

キーワード:気候変動、ジオエンジニアリング、太陽放射改変

気候変動は人類社会や生態系に深刻な脅威を与えている。温室効果ガスの排出削減や大気中からの除去をより効果的に進めることや、温暖化の効果を相殺したり助長したりするエアロゾルや対流圏オゾン等の短寿命気候強制因子を、温暖化をなるべく悪化させないやり方で削減するなど、温暖化緩和策の取り組みを加速する必要がある。「それでもどうにもならないときにはどうするのか?」温室効果ガスの増加によって崩れた地球の放射収支を、人工的に太陽放射を減らすことによって相殺する「太陽放射改変 (Solar Radiation Modification: SRM)」という手法がCOP (Conference of the Parties)のような国際政治の場や米英を中心とした科学コミュニティーで注目を集めているが、日本国内での認知度や関心は極めて低い。

温暖化予測に用いられる地球システムモデルを用いて、いくつかのSRMのアイディアを用いたときの効果、副作用やその不確実性を定量的に評価するGeoMIP (Geoengineering Model Intercomparison Project) は2011年に始まり、その評価結果はIPCC-AR5/AR6や最新のWMOオゾン層レポート(2022) にも引用された。GeoMIPについてはホームページや参考文献[1]を参照されたい。

最もよく研究されており実施への技術的ハードルが相対的に低いのは、成層圏に硫酸エアロゾル等の微粒子を注入する方法 (Stratospheric Aerosol Injection: SAI) だ。SAIは、大規模火山噴火のあとに生じる成層圏硫酸エアロゾルの増加と、それが太陽放射の一部を宇宙へ反射することによる地表面の冷却という自然現象を模倣するアイディアだ。GeoMIPでは、赤道下部成層圏でSAIを行ういくつかの実験が行われ、危惧される副作用であるオゾン層の破壊の程度や、極端現象を含む気候システムの応答とその不確実性が評価された。さらに、米国NCARが行った大アンサンブルSAI実験 (Geoengineering Large Ensemble Project: GLENS) を含む後続研究では、SAIを行う高度や緯度や季節等を戦略的にデザインすることによって副作用を低減しながら、SAIに対する気候システムのフィードバックを測定&制御しつつ目標とした温暖化レベルを維持する、という離れ業のようなことも、シミュレーションの上では可能だという研究が報告されている。

もうひとつ多くの研究者が取り組んでいるのは、層積雲ができやすい海洋境界層に海塩粒子等の微粒子を散布して、雲を明るくする方法 (Marine Cloud Brightening: MCB) だ。これは船舶から排出される煤煙等の微粒子が凝結核となって航跡雲ができることを模倣するアイディアだ。GeoMIPでは、海上の下層雲の雲粒数濃度を仮想的に増やす実験が行われた。この手法はSAIに比べて適用できる領域が限定されるが、雲の研究者が自身の研究の延長として取り組んでいるためかプロセス研究の層が厚く、 2番目にメジャーなSRM手法になっている。

SAIとMCBに共通する科学的な課題の最たるものは、観測されたことのある現象を模倣するアイディアではあるものの、成層圏にせよ、海洋境界層にせよ、微粒子あるいはその前駆気体をどのような形態でどこにどれだけ注入したら、どのような振る舞いをするのか、微物理や乱流スケールのプロセスの観測的・実験的な理解が不十分な点だ。(成層圏でバルーンから吊るしたゴンドラから水や炭酸カルシウムを撒いて観測するStratospheric Controlled Perturbation Experiment: SCoPEx計画があるが実現していない。)SAIに関しては成層圏のブリューワー・ドブソン循環やサブトロピカル・バリアに代表される大規模な輸送混合過程に関する地球システムモデルの不確実性も大きな課題となっている。

発表ではSAIとMCBを含むいくつかのSRM手法についての自然科学的な理解の現状と課題を概観しつつ、社会科学的な課題を含めて議論を行っている米英を中心とした研究者たちの取り組みについても簡単に紹介する。

謝辞:本研究はJSPS科研費(JP21H03668)の助成を受けた。

参考文献
[1] Visiolini, D., et al., 2022, Atmos. Chem. Phys., doi:10.5194/acp-2022-766