日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG40] 沿岸海洋生態系-1.水循環と陸海相互作用

2023年5月25日(木) 10:45 〜 12:00 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:藤井 賢彦(東京大学大気海洋研究所)、小森田 智大(熊本県立大学環境共生学部)、山田 誠(龍谷大学経済学部)、杉本 亮(福井県立大学海洋生物資源学部)、座長:藤井 賢彦(北海道大学大学院地球環境科学研究院)、杉本 亮(福井県立大学海洋生物資源学部)

11:00 〜 11:15

[ACG40-08] 緑川河口干潟における網袋を用いたアサリ(Ruditapes philippinarum)の環境収容力の推定

*山下 奈々1小森田 智大1 (1.熊本県立大学)

世界でも重要な水産資源である懸濁物食性二枚貝類は、その生息地である砂質干潟でしばしば高密度な個体群を形成し、底生動物群集の中でも顕著に高い二次生産量を誇り、ろ過摂食や排泄などを通して物質循環において重要な役割を担う。このように高密度な個体群を維持・成長させるため、二枚貝の個体群は周囲の基礎生産者の生物量を減らし、過密な個体群においては餌不足になる可能性が指摘されている。よって、持続的な二枚貝漁業を営むため、成長阻害が発生しない適正な生息密度(環境収容力)の見積は必要不可欠である。これまでの懸濁物食性二枚貝に関する環境収容力の推定は、 その場の餌資源から二枚貝類が生息可能な密度をモデルを用いて検証する研究がほとんどである。モデルによる評価は養殖海域全体における適正な養殖量の算出などマクロな管理に有用であるが、個々の漁場における生息密度の管理には直接的な情報を提示しない。精密な管理を実現するためには、二枚貝類の密度を操作して成長や生産量を比較し、適正な密度を算出する必要がある。
二枚貝漁場や養殖場のように過度に高密度な個体群においては、空間の混み合いによる密度効果によって個体の成長が阻害され、 個体群としての生産量がモデルの理論値よりも低下する可能性がある。適正な環境収容力の推定のためには、懸濁物食性二枚貝を用いた密度効果の野外実証実験が必要である。懸濁物食性二枚貝類の1種であるアサリは近年漁獲量が減少しており日本ではアサリの着底促進、流出・捕食防止などのためにラッセル袋に砂利を封入した網袋による増殖が進められている。この網袋を用いた試験の1つに、福岡県豊前海における網袋内の収容密度を操作した試験があり、成長生残が得られる袋内の最大収容密度は2000 個体 m-2であり4000 個体 m-2では袋内のアサリの平均殻長が有意に低下すると報告されている(野副ら 2019)。このことから網袋内でも密度効果が発生すると考えられるが、網袋内のアサリの成長が生産量ベースで評価されておらず、密度効果が発生する閾値は未解明である。
本研究では、「懸濁物食性二枚貝類は生息密度の多寡(空間の混み合い度)に応じ、個体の成長速度および個体群の成長量が変わる」という仮説から、「野外における既往の生物量の最大値までの間に懸濁物食性二枚貝にとっての適正な密度となる環境収容力がある」と予測を導いた。この仮説を検証するため、有明海に面する緑川河口干潟において、網袋内に封入するアサリの密度を数段階に調節し、アサリの個体数、生物量、成長速度、二次生産量を調査し、初期密度に対する成長速度の関係を解析する。本研究では、上記の野外実験を通してアサリの適正な密度の推定を目的とした。
本研究では、有明海に面する緑川河口干潟において、2021年3月に事前に設置した網袋内のアサリを用いて、網袋内の生物量を既往の生物量の最大値(約17 kgWW m-2)から低密度状態(約1.2 kgWW m-2)にかけて5段階設定し、野外に敷設した。同年の6月に網袋を回収し、生物量の増加量からアサリの成長速度、二次生産量を測定した。二次生産量は6月と3月のアサリの生物量の差を経過日数で割った値とした。 また、 二次生産量の平均値を目的変数とし、初期の袋内の生物量を説明変数としてミカエリス・メンテン式で近似した。この操作は、統計ソフトR(version 3.6.1)のnls関数を用いた。
3月における網袋内の生物量は最も低密度な実験区では1.2±0.49 kgWW m–2であり、最も高密度な実験区では18.8±7.51 kgWW m-2であった。6月になると、低密度区で2.99±0.97 kgWW m–2に、高密度区では22.9 ± 4.68 kgWW m-2にまで増加した。二次生産量は低密度区で0.43±0.25 gC m-2 d-1、高密度区で1.04±1.20 gC m-2 d-1となり、初期密度が高いほど二次生産量の平均値も高くなる傾向を示したが二次生産量の増加量は最も高密度になると小さくなる傾向が見られた。標準偏差が大きいものの二次生産量の平均値と初期の袋内の生物量をミカエリス・メンテン式で近似した結果、以下の式が得られた。
y=1.27*x/4127+x
ここでyは二次生産量、xは初期生物量を示す。この関係式をもとに、原点を通る傾きがVmax/2Kmである直線y=0.00015355xと、最大二次生産量である水平線y=1.27の交点を求めたところ、8.3 kgWW m-2が得られた。網袋実験では、アサリが波や潮流により動かされにくいことからエネルギーの消費が少なく、餌が蓄積されやすいため周囲の個体と比べて成長が良い可能性が指摘されている。このことを踏まえると、実際の野外においては、8.3 kgWW m-2よりも少ない密度に管理することが最も効率的であると考えられる。