09:30 〜 09:45
[AOS16-03] 北太平洋亜鉛濃度分布を支配する海洋物質循環プロセスの解明
キーワード:GEOTRACES、亜鉛、珪素、微量元素、海洋物質循環モデル、海洋大循環モデル
海洋中の亜鉛(Zn)は、海洋中において微量金属のひとつであるが、生物活動にとって重要な役割をもち、生物地球化学的に重要な元素であると考えられている。全球海洋中において、Znの分布は、珪素(Si) と類似した分布となることが指摘されている。実際、Zn 濃度を縦軸、Si 濃度を横軸として観測データをプロットした散布図においては、データがほぼー直線上に分布するというカップリング関係が見られる。しかし、Zn濃度分布とSi濃度分布を支配する循環プロセスは異なっている。Znの粒子態は有機物粒子である一方、Siの粒子態は珪藻殻オパールであり、その分解のしやすさが異なる。よって全球でZnとSiの分布がカップリングしている要因は長らく議論されてきた。
近年、観測技術の向上やデータの蓄積によりZn濃度分布の観測データが増加してきたことを背景に、ZnとSiの分布がカップリングする仕組みが解明されつつある。Vance et al. (2017)は、南大洋において優占する珪藻のZn取り込みの性質と南大洋での水塊形成プロセスから、ZnとSi分布の類似性が南大洋表層から全球へ波及するという南大洋仮説を提唱した。しかし、北太平洋においては、このカップリング関係が崩れるという報告がある(Janssen and Cullen 2015; Kim et al. 2017) 。北太平洋においては、Zn濃度とSi濃度の散布図は一直線上には乗らず、中層水において上に凸の形をとるZn-Siデカップリングが観測されている。このデカップリングの要因について、Zn硫化物の生成によるとした研究(Janssen and Cullen 2015)や大陸棚からのZn供給を議論した研究(Kim et al. 2017)、ZnとSiのRegenerationスケールの違いが北太平洋で顕在化すると議論した研究(Vance et al. 2019)など様々な提唱がなされている。しかし、どれも定量的な検証や詳細な議論は行われておらず、北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こすプロセスは定かではない。
本研究は、海洋大循環モデルを用いて、北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こすメカニズムの理解を行うことを目的とした。主に以下の要因仮説についてそれぞれと対応した感度実験を紹介する。一つ目が、大陸棚からのZn供給が北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こす可能性(Kim et al. 2017) を検証した大陸棚供給実験である。もう一つが、ZnとSiのRegenerationスケールの違いが影響する可能性(Vance et al. 2019) を検証した海洋循環場変更実験である。これは北太平洋のZnの数値シミュレーションを行う際に、モデルの北太平洋中層の循環の不確定性がトレーサーの再生に影響している可能性が考えられたため、異なる循環場を使用しZn分布の計算を行った実験である。
Vance et al. (2017) と同じパラメーター設定でZnの数値シミュレーションを行ったコントロール実験では、先行研究と同様に全球のZnとSiのカップリング関係が再現された結果であった。しかし、北太平洋のデカップリングについては再現されなかった。大陸棚供給実験では、北太平洋において観測されたZn-Siデカップリングに近いZn分布が再現された。この結果から、北太平洋でのZnの大陸棚供給がZn-Siデカップリングを引き起こしうる可能性が示唆された。海洋循環場変更実験では、大陸棚からの供給を陽に考慮せずともデカップリングが再現される実験結果が得られた。デカップリングが再現される循環場と再現されない循環場の比較によって、北太平洋におけるRegenerated Zn分布の差異がデカップリングの再現性の差異につながっていることが確認された。これはすなわち、Vance et al. (2019) が議論したように南大洋から離れた北太平洋においては、南大洋表層から輸送されてくる成分(Preformed Zn)よりも、生物ポンプにより輸送される成分(Regenerated Zn)が卓越する場合には、ZnとSiとの溶解スケールの違いにより生じるデカップリングが実現しうることを示唆している。
現実の北太平洋においては、大陸棚供給とZnのRegenerationのプロセスについて、どちらがどの程度寄与してZn-Siデカップリングを引き起こすかについて推定を行った。この推定からは、デカップリングが顕著な1000m以浅のZn濃度のうち70% 以上がZnの再生に起因するものであり、デカップリングを引き起こす主な要因はZnのRegenerationであると見積もられた。ただし、2000m以深においては、Zn濃度のうち、30% 程度は、大陸棚供給に由来すると推定された。つまり、Znの大陸棚供給はZn-Siデカップリングの主要因ではないものの、そのプロセスの存在の可能性は否定されないと結論づけた。しかし、大陸棚供給プロセス、北太平洋中深層循環などについては不確実性があるとともに、今回は考慮しなかった粒子吸着のプロセス等が本研究の見積もりに影響している可能性も考えられる。今後の課題として、これらの不確実性を減らすための観測研究およびモデル研究が必要である。
近年、観測技術の向上やデータの蓄積によりZn濃度分布の観測データが増加してきたことを背景に、ZnとSiの分布がカップリングする仕組みが解明されつつある。Vance et al. (2017)は、南大洋において優占する珪藻のZn取り込みの性質と南大洋での水塊形成プロセスから、ZnとSi分布の類似性が南大洋表層から全球へ波及するという南大洋仮説を提唱した。しかし、北太平洋においては、このカップリング関係が崩れるという報告がある(Janssen and Cullen 2015; Kim et al. 2017) 。北太平洋においては、Zn濃度とSi濃度の散布図は一直線上には乗らず、中層水において上に凸の形をとるZn-Siデカップリングが観測されている。このデカップリングの要因について、Zn硫化物の生成によるとした研究(Janssen and Cullen 2015)や大陸棚からのZn供給を議論した研究(Kim et al. 2017)、ZnとSiのRegenerationスケールの違いが北太平洋で顕在化すると議論した研究(Vance et al. 2019)など様々な提唱がなされている。しかし、どれも定量的な検証や詳細な議論は行われておらず、北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こすプロセスは定かではない。
本研究は、海洋大循環モデルを用いて、北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こすメカニズムの理解を行うことを目的とした。主に以下の要因仮説についてそれぞれと対応した感度実験を紹介する。一つ目が、大陸棚からのZn供給が北太平洋のZn-Siデカップリングを引き起こす可能性(Kim et al. 2017) を検証した大陸棚供給実験である。もう一つが、ZnとSiのRegenerationスケールの違いが影響する可能性(Vance et al. 2019) を検証した海洋循環場変更実験である。これは北太平洋のZnの数値シミュレーションを行う際に、モデルの北太平洋中層の循環の不確定性がトレーサーの再生に影響している可能性が考えられたため、異なる循環場を使用しZn分布の計算を行った実験である。
Vance et al. (2017) と同じパラメーター設定でZnの数値シミュレーションを行ったコントロール実験では、先行研究と同様に全球のZnとSiのカップリング関係が再現された結果であった。しかし、北太平洋のデカップリングについては再現されなかった。大陸棚供給実験では、北太平洋において観測されたZn-Siデカップリングに近いZn分布が再現された。この結果から、北太平洋でのZnの大陸棚供給がZn-Siデカップリングを引き起こしうる可能性が示唆された。海洋循環場変更実験では、大陸棚からの供給を陽に考慮せずともデカップリングが再現される実験結果が得られた。デカップリングが再現される循環場と再現されない循環場の比較によって、北太平洋におけるRegenerated Zn分布の差異がデカップリングの再現性の差異につながっていることが確認された。これはすなわち、Vance et al. (2019) が議論したように南大洋から離れた北太平洋においては、南大洋表層から輸送されてくる成分(Preformed Zn)よりも、生物ポンプにより輸送される成分(Regenerated Zn)が卓越する場合には、ZnとSiとの溶解スケールの違いにより生じるデカップリングが実現しうることを示唆している。
現実の北太平洋においては、大陸棚供給とZnのRegenerationのプロセスについて、どちらがどの程度寄与してZn-Siデカップリングを引き起こすかについて推定を行った。この推定からは、デカップリングが顕著な1000m以浅のZn濃度のうち70% 以上がZnの再生に起因するものであり、デカップリングを引き起こす主な要因はZnのRegenerationであると見積もられた。ただし、2000m以深においては、Zn濃度のうち、30% 程度は、大陸棚供給に由来すると推定された。つまり、Znの大陸棚供給はZn-Siデカップリングの主要因ではないものの、そのプロセスの存在の可能性は否定されないと結論づけた。しかし、大陸棚供給プロセス、北太平洋中深層循環などについては不確実性があるとともに、今回は考慮しなかった粒子吸着のプロセス等が本研究の見積もりに影響している可能性も考えられる。今後の課題として、これらの不確実性を減らすための観測研究およびモデル研究が必要である。