日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-CG 地球生命科学複合領域・一般

[B-CG06] 岩石生命相互作用とその応用

2023年5月23日(火) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (19) (オンラインポスター)

コンビーナ:鈴木 庸平(東京大学大学院理学系研究科)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)、須田 好(産業技術総合研究所)、白石 史人(広島大学 大学院先進理工系科学研究科 地球惑星システム学プログラム)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/22 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[BCG06-P08] 13Cトレーサー実験における有機酸の同位体異性体ごとの新しい定量法

*須田 好1、坂本 幸子1、井口 亮1、玉木 秀幸1 (1.産業技術総合研究所)

キーワード:GC-MS、13Cトレーサー、嫌気代謝、酢酸生成菌、最小二乗法

研究背景:酢酸は嫌気性微生物によるメタン生成プロセスの重要な中間代謝産物である。そのため、酢酸の動態に関与する酢酸生成菌の代謝機構を理解することは、地下微生物圏を含む地球規模の炭素循環の一端を解明することにつながり重要である。実際に、酢酸生成菌の炭素固定機構は、地球温暖化の生物工学的な解決策の検討(例えば、Katsyv & Müller, 2020)、原始的な微生物の代謝機構解明や生命の起源に関する研究(Martin, 2011)など、様々な研究分野において高い関心を集めている。最近の研究では、酢酸を介した反応を含む新しい炭素固定経路が提案・実証されており(Zhuang et al., 2014; Nobu et al., 2015; Sánchez-Andrea et al., 2020)、これまで考えられていたよりも多様な酢酸代謝・炭素固定機構が自然環境中に存在する可能性が示唆されている。そのため、効率的かつ迅速な酢酸生成の評価方法の確立が求められる。放射性炭素(14C)や安定炭素同位体(13C)を用いた同位体トレーサー法は、特定の経路の存在を直接証明できるため、炭素固定機構の解明に必要不可欠な手段である。さて、13Cトレーサー実験で想定される酢酸の主要な同位体異性体は次に示す4種類である;CH3COOH、CH313COOH、13CH3COOHおよび13CH313COOH。従来の分析法では、これら4つの酢酸同位体異性体を区別して定量するためには少なくとも2つの独立した分析が必要であり、時間と労力を要した(Wood & Harris, 1952)。そこで本研究では、4つの酢酸同位体異性体の相対存在量を単一の測定手段で簡便かつ迅速に決定する手法を開発することを目的とした。さらに、開発した分析手法の応用例を示し、酢酸生成菌の代謝反応における炭素の流れを定量的に調べるための枠組みを提示する。
手法:先行研究で確立された、有機酸を誘導体化することなく水溶液試料をGC-MSシステムに直接導入できるGC-MS法(Mulat & Feilberg, 2015)を一部改良して用いた。従来法では水溶液試料の酸性化にシュウ酸を用いていたが、高温の注入口で分解してギ酸を生成するため、ギ酸の分析は不可能であった(Mulat & Feilberg, 2015)。本研究では酢酸だけでなくギ酸も分析できるようにするために、シュウ酸の代わりにリン酸を使用した。本研究手法の新規性は、GC-MS分析で得られる分子イオンおよびフラグメントイオンの強度データを用いて、最小二乗法によりそれぞれの同位体異性体の相対存在量を決定する点にある。本手法の妥当性を実証するために、13Cラベル化体と非ラベル化体の混合比率が既知である標準試料の分析を行った。開発した手法を用いて、メタノールおよび重炭酸基質で培養した酢酸生成菌Acetobacterium woodiiの炭素固定機構を調べた。13Cラベル化基質と非ラベル化基質を組み合わせた一連の実験を実施した;(i) 13CH3OH + HCO3、(ii) CH3OH + H13CO3、(iii) 13CH3OH + H13CO3、および(iv) CH3OH + HCO3
結果と考察:本手法の妥当性は13Cラベル化体と非ラベル化体の既知混合物の測定により実証された。水溶液試料中の酢酸とギ酸の分析において、分析対象の同位体異性体の混合比率は、計算値と理論値が良く一致する結果となった。開発した手法をA. woodiiの代謝経路の研究に応用した。A. woodiiのメタノール代謝について定量的な反応モデルを提案し、酢酸のメチル基の炭素前駆体はメタノールだけではなく、メチル基の20%はCO2から生成されていることを示した。一方で、酢酸のカルボキシ基についてはCO2のみから形成されるようであった。本分析手法は、よく知られた酢酸生成菌の詳細な代謝経路を調べるだけでなく、自然界に存在するであろう未知の炭素固定経路の解明にも有用な手段となることが期待される。