日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-CG 地球生命科学複合領域・一般

[B-CG07] 地球史解読:冥王代から現代まで

2023年5月26日(金) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (20) (オンラインポスター)

コンビーナ:小宮 剛(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻)、加藤 泰浩(東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻)、鈴木 勝彦(国立研究開発法人海洋研究開発機構・海底資源センター)、中村 謙太郎(東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻)


現地ポスター発表開催日時 (2023/5/25 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[BCG07-P07] ペルム紀–三畳紀境界の温暖化に伴う有光層ユーキシニアの発生と基礎生産者の遷移

*横山 天河1田近 英一1渡辺 泰士2,3 (1.東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻、2.東京大学理学系研究科、3.気象庁気象研究所)


キーワード:ペルム紀/三畳紀境界イベント、ペルム紀末大量絶滅、有光層ユーキシニア、鉛直1次元海洋表層生態系モデル

ペルム紀–三畳紀境界(P/Tr境界; 252 Ma)には、シベリア洪水玄武岩の噴出に伴い大規模な表層環境変動が引き起こされた(e.g. Reichow et al., 2009)。この火成活動に伴い大気へと多量の温室効果ガスが放出され、大陸地殻の風化の促進による栄養塩供給速度の上昇によって海洋基礎生産速度が上昇し、大規模な海洋無酸素イベント(OAE)が引き起こされたと考えられている (Winguth and Winguth, 2012)。とりわけ、P/Tr境界におけるOAEは海洋底の約10%が無酸素化するほどの大規模なものであり(Kipp and Tissot, 2022)、海洋生物の大量絶滅を引き起こしたと考えられている(Wignall and Twitchett, 1996)。さらに、当時の浅海域の堆積物からは緑色硫黄細菌の活動を示唆するバイオマーカーが見つかっており、硫化水素に富む無酸素水塊が海洋表層の有光層まで広がる有光層ユーキシニアが発生したことを示唆している(e.g., Grice et al., 2005; Hays et al., 2007)。さらに、有光層ユーキシニアに伴い硫化水素が大気へと放出され、陸上生物の活動に影響を及ぼした可能性が議論されている(Kump et al. 2005)。しかし、P/Tr境界における有光層ユーキシニアの発生条件や、酸化還元状態の変化に対する基礎生産者の挙動はこれまで十分に明らかにされていない。そのため、海洋表層における硫化水素の挙動が当時の海洋生態系に及ぼした影響は定量的に示されていなかった。
そこで本研究では、海洋表層の酸化還元状態の遷移と基礎生産者(藻類、シアノバクテリア、緑色硫黄細菌)の活動を表現できる鉛直一次元海洋表層生態系モデル(e.g. 芳賀ほか, JpGU 2019)を用いて、気温や海洋の湧昇速度といった局所的な環境要因に対する基礎生産者の挙動や酸化還元境界の応答、有光層ユーキシニアの発生条件を系統的に調べた。さらに、大気への硫化水素の放出速度を見積もることで、当時の海洋酸化還元状態の変化が大気や陸上生物の活動に与える影響について検討する。
モデル計算の結果、温暖化が進み大陸からの栄養塩の供給速度が大きいほど、また海洋の湧昇速度が大きい海域ほど、海洋深層からの栄養塩の供給率が増加し、海洋表層の基礎生産が上昇することが分かった。具体的には、全球平均気温が約18℃を超えると有光層ユーキシニアが発生し、藻類とシアノバクテリアの活動が低下し、緑色硫黄細菌が主要な基礎生産を担う状況へと遷移することが分かった。P/Tr境界前後の全球平均気温は約28.6℃程度と推定されているため (Scotese et al., 2021)、この結果はP/Tr境界における有光層ユーキシニアの発生を支持する。一方、海水中の硫化水素が大気へ大量に放出されるためには、酸化還元境界が海洋混合層にまで達する必要があり、そのためには湧昇速度が1000–2000 m/yr以上となる必要があることが分かった。現在の海洋においてそのような湧昇速度は一部の沿岸湧昇域や赤道湧昇域で限られていることから、P/Tr境界における有光層ユーキシニアの発生に伴い硫化水素が大気へと放出され、少なくとも局所的な陸上生物活動の低下を引き起こした可能性が示唆される。