日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT04] 地球生命史

2023年5月25日(木) 15:30 〜 16:45 301A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)、座長:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)

16:00 〜 16:15

[BPT04-03] 二枚貝化石の殻に記録された白亜紀中期北西太平洋域における海水温の季節変動

*市村 駿汰1高柳 栄子2井龍 康文2高橋 聡1大路 樹生3 (1.名古屋大学大学院環境学研究科地球環境科学専攻、2.東北大学大学院理学研究科地学専攻、3.名古屋大学博物館)


キーワード:チューロ二アン、海水温季節変動、二枚貝、成長線解析、安定同位体比解析、深層水生成

白亜紀中期は現在と比較して温暖な気候や高いCO2濃度、低い緯度間の海水温勾配など現在とは全く異なる地球環境であった。そのため、白亜紀中期の気候を解明することは人為的な地球温暖化が進行した将来の地球環境の予測や気候ダイナミクスの解明に重要である。中でも海洋の深層循環は気候変動に深く関わるが、当時の気候を模した数値シミュレーションなどによれば、北西太平洋中緯度域は20℃程度の表層水の沈み込みによって深層水が生成される地域の1つだった可能性が指摘されている。しかし、当時の北西太平洋域の浅海水温について季節変動を含めて研究した例はこれまでにない。本研究では白亜紀中期の北西太平洋域の浅海水温とその季節変動および当時の二枚貝の生活史の解明のために、北海道の白亜紀から得られた浅海性二枚貝化石を対象に成長線解析と酸素・炭素同位体比測定を行った。
研究試料は北海道三笠市奔別町奔別川北の林道にて採集した中部蝦夷層群三笠層Twc~Twd部層(白亜紀後期Turonian中期)由来の貝化石密集砂岩に含まれていたCucullaea (Idonearca) delicatostriata 3個体とAphrodina pseudoplana 1個体である。試料はまず殻をその最大成長軸に沿って切断し、それぞれを薄片と研磨断面にした。試料は薄片観察、SEM観察およびラマン分光分析を行い続成作用による変質の有無を確認した。成長線解析は薄片の外層に見られる成長線を対象にし、現生種との比較によって形成周期を特定した後に、その本数・幅を計測した。酸素・炭素同位体比分析(δ18O、δ13C)分析は、研磨断面の外層を成長方向に約0.3 mm間隔で切削で得られた試料を、東北大学の炭酸塩自動前処理装置(Kiel III;ThermoQuest社製)と同位体質量分析計(Delta V Advantage;ThermoFisher Scientific社製)を用いて行った。古水温はGrossman and Ku (1986)の水温換算式を用いて貝化石のδ18O値から導出した。
貝化石は、SEM観察より外層に交差板構造、内層に複合交差板構造が見られ、ラマン分光分析よりアラゴナイトで構成されていることが示された。こうした特徴は近縁な二枚貝と共通するため、化石殻は続成作用による変質をほとんど受けていないと判断された。C. (I.) delicatostriataの薄片に見られる成長線は現生種との比較より約2週間周期で形成される成長線であることが判明した。薄片下の成長線は測定可能範囲で約60~90本観察され、幅は殻中央部では最大0.4 mmで0.2 mm程度の変動が見られたのに対して殻腹付近ではほぼ0.1 mm未満で一定であった。δ18O値は-3.0~-4.5 ‰ (水温に換算すると27.8~34.6℃) で最大5年間の周期的な季節変動がみられた。
貝化石の成長線とδ18O値より、C. (I.) delicatostriataは成長速度が春に最大、冬に最小になるが、1年を通して長期間の殻形成休止がないこと、性成熟に2年程度かかることが分かった。δ18O値より復元された浅海域の水温は、季節変動を加味しても同時代地域の深海域の水温よりはるかに高く、当時の北西太平洋中緯度域では海洋は成層かしていたと推定される。したがって、当時の中緯度北西太平洋域は、表層水が沈み込む主要な深層水生成場ではないと解釈できる。本研究が示した北西太平洋域の高い水温と小さな季節変化は同時代のテチス海でもみられ、温暖な環境が中緯度に広がっていたことを示す。