日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2023年5月25日(木) 13:45 〜 15:00 展示場特設会場 (3) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、内田 太郎(筑波大学)、西井 稜子(新潟大学)、座長:西井 稜子(新潟大学)、内田 太郎(筑波大学)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)

14:45 〜 15:00

[HDS10-05] 安倍川・大谷崩は1707年宝永地震を主誘因とする突発イベントか?

*苅谷 愛彦1、木村 恵樹2山田 隆二3 (1.専修大学文学部環境地理学科、2.朋優学院、3.防災科学技術研究所)

キーワード:土石流、大規模斜面崩壊、堰き止め湖沼、河床上昇、安倍川

◆はじめに 大谷崩は大量の土砂を生産し,発生域下方では厚さ≧50 mの岩屑層が埋谷性高位段丘(H)面を成す.崩壊の初生期についてCE1530~1702頃とする指摘(町田1959地理評;北村・東1988日林北支論)がある一方,CE1707宝永地震で生じた巨大深層崩壊が由来とする考えもある(静岡河川工事事務所1988「安倍川砂防史」;今泉2020「静岡の大規模自然災害の科学」;白井ら2020第四紀研).演者ら(2022日本地理旨・JpGU)は安倍川左支タチ沢で,本流沿いのH面構成層より層位的下位から堰止湖堆積物(LD)を発見し,河道埋積による本流の河床上昇中に支流が堰止められた証拠とした.ただしH面構成層の堆積年代がCE1707かどうかは判定困難とした.本発表ではこの考えを補強する新資料として,別の支流で発見された堰止湖堆積物を報告する.
◆調査地点 タチ沢は赤水滝の0.2 km下流に本流合流点をもつ.さらに約1.5 km下流の右支コンヤ沢合流点付近にもH面が発達し,H面の侵食面であるM・L面群が本・支流の現流路沿いに分布する.新発見された堰止湖堆積物(LDk)は安倍川・コンヤ沢合流点付近のコンヤ沢河床に露出する(KO1;図).
◆地質記載 KO1では現河床とほぼ同水準に泥流状岩屑層Mkが露出する.その特徴は次のとおり:層厚≧1 mで下限不明;淘汰不良の亜角礫を含む;基質は褐色シルト・砂で微小黒色炭片や偽礫状腐植土層塊が顕著;上面は土壌化して暗褐色を呈する;径数 cmの枝を多数含む;枝は数本まとまって放射状に上に伸び原位置枯死木と判断される.またMkの上には平行葉理が発達する中・粗粒砂層LDkが整合で載る.その特徴は次のとおり:層厚≧1 m;新期土石流物質に切られる;木片は未発見.
◆年代 Mk中の枝2点の最外部(C1,C2)14C年代-暦年代(OxCal4.4+IntCal20;2σ)を得た.C1=CE1655~1686(24.8%)・1732~1805(59.0%)・1926~(11.7%),C2=CE1654~1686(24.4%)・1731~1806(58.6%)・1926~(12.4%).
◆考察 (1)Mkは炭片などを特徴的に含み,炭焼窯・焼畑や表土の流出に関連したコンヤ沢の泥流物質が起源である.LDkはMkを覆う静水域の砂層で,堰止湖堆積物である.ただし堰止めを招く顕著な崩壊地はKO1周辺に存在しない.2点の14C年代がMk上面に成長していた樹木の浸水枯死期を示すなら,その値は1600年代後半を含みうる.またタチ沢と異なりKO1ではH面構成層とMk・LDkの関係を確認できないが,H面離水後の下刻期にコンヤ沢を堰止める規模の土砂流出が本流で生じた証拠はなく,KO1付近におけるH面の高度分布・位置からみてMk・LDkともH面構成層の定着以前から存在した可能性が高い.H面構成層の年代は依然不明だが,CE1707としても,その前から本流は徐々に埋積されコンヤ沢も堰止められたと考えられる.■大谷崩の物質総量は1.2×108 m3である(町田1959).その大半は特定年の突発的巨大崩壊で発生・移動・定着したのではなく,ある時期から継続した土砂流出の累積とみる方が適切である.谷の横断面でみた場合,H面は河谷中心付近で自然堤防状に高まる.これは埋積で発達した本流の広河原を覆う最後の土砂流出による土石流性凸地形と判断される.■堆積物の年代を正確に限局するため16O/18O年輪年代の測定や,LDやLDkと同時代に生じた可能性がある本流現河床下の堰止湖堆積物の試錐を準備中である.広く受容されてきた通説――大谷崩はCE1707宝永地震で生じた――は慎重な検討を要する.

<図1> コンヤ沢-安倍川合流点付近の地形・地質.地形断面は国交省貸与の1 m-DEMによる.地質断面は町田(1959)と演者らの踏査結果にもとづく. 既往文献によれば,コンヤ沢には本流の埋積による河床上昇末期に生じた別の堰止湖堆積物があった.ただし露頭は消滅したと考えられる.インセットは地理院地図.