日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2023年5月25日(木) 15:30 〜 17:00 展示場特設会場 (3) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、内田 太郎(筑波大学)、西井 稜子(新潟大学)、座長:内田 太郎(筑波大学)、西井 稜子(新潟大学)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)

15:30 〜 15:45

[HDS10-06] 飛驒山脈北部の高山帯における深度別地温の観測

*杉山 博崇1奈良間 千之1 (1.新潟大学)


キーワード:岩石温度、季節的凍結融解、積雪寒冷地

1.はじめに
 落石は高山帯の岩盤斜面の安定性や変化に影響を与える主要な地形形成プロセスの一つであり(Vehling et al., 2016;Ravanel et al., 2017),建築物や登山ツーリズムの安全管理にもかかわるため,落石の実態調査は重要な課題である.中部山岳の高山帯では,季節凍土帯が大半を占めるため,今後の年平均気温の上昇により季節凍土の融解に起因する落石の規模や頻度の減少が予想されるが,日射量,積雪,植生等の環境の違いにより季節凍土に与える影響は一様ではない.高山帯の現在および将来の斜面安定性を評価するには,長期間の観測に基づいた,凍結深や凍結期間の場所による違いを明らかにし,落石インベントリ等と比較するようなデータの集積が必要である(IPCC報告書,2018;Viani et al., 2020).
しかしながら,中部山岳の高山帯で岩盤温度(気温の日変動の影響が小さい30㎝以深)の観測地点はわずかであり(例えば,松岡,1992;Matsuoka and Sakai,1999),広域の岩盤温度のデータの集積は進んでおらず,年周期の凍結深の変動の実態も明らかでない.さらに,岩盤温度データを用いた最大凍結深にかかわる積算寒度や深度別の平均温度とその勾配,これらの値の積雪や斜面方位等による影響も検討すべき課題の一つである.中部山岳の高山帯では,斜面方位で積雪期間や積雪深が大きく異なるため,積雪と岩盤温度の関係が明らかになれば,高山帯の岩盤温度環境の全体像の理解につながる.
そこで本研究では,多雪地域である飛驒山脈北部の白馬岳と杓子岳の稜線付近において,斜面方位や積雪深が異なる岩盤で40㎝以深を含む岩盤温度の観測をおこない,岩盤温度の変化から環境による影響を検討した.

2.地域概要
飛驒山脈北部は世界的な多雪地域であり,夏でも多くの残雪を確認できる.白馬岳(2932m)と杓子岳(2812m)の山頂をつなぐ主稜線付近の地質は,白馬岳側で黒みがかかった堆積岩・変成岩類,杓子岳側で優白色の珪長岩である(中野ほか,2002).稜線付近では植被を欠く風衝砂礫地や露出岩盤がひろがり,ハイマツが点在する.

3.研究手法
 積雪や日射などの環境が異なる6地点の岩盤にTR52i(T&D社)の温度センサを設置し,2021年9月~2022年10月に深度別地温観測を実施した.地温計の設置深は,地表から2cm, 20cm, 40cmである(一部,80cm, 120cmも含む).凍結の深さに関係する積算寒度や,凍結破砕作用に効果的な温度範囲の記録時間が積雪や深度によってどう変化するかを調べた.気象状況を把握するため,温度観測地点周辺を定点カメラで1時間ごとに撮影した.

4.結果
 日当たりのよい主稜線や東斜面にある岩盤の年平均地表面温度は,西斜面や北東斜面に比べて高い値を示した.冬期の寒気が遮断されるほど厚い積雪のある場所では,全地点で最も高い年平均地表面温度を記録し,積算寒度は極端に小さく,深度による差もほとんどみられなかった.積算寒度は年平均地表面温度が低い場所ほど大きくなる傾向にあったが,積雪深の変動によって積算寒度の増加のタイミングや凍結破砕に効果的な温度帯での移行期間は異なっていた.杓子岳北斜面の急崖では,積雪最大期の4月に寒気が遮断されるほどの積雪深があるが,冬期前半に積雪がつかず,最も寒気の影響を受けやすい場所と同程度の積算寒度を記録した.