日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG01] 自然資源・環境に関する地球科学と社会科学の対話

2023年5月22日(月) 09:00 〜 10:15 201A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、古市 剛久(森林総合研究所)、佐々木 達(法政大学)、座長:大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)

09:15 〜 09:30

[HGG01-02] 福島県駒止湿原周辺の開拓跡地における土地改変と植生の二次遷移について

*尾鷲 凌子1坂上 伸生1渡邊 眞紀子2 (1.茨城大学 大学院農学研究科、2.東京都立大学)

キーワード:人為的撹乱、表土削剥、森林回復、ススキ

研究背景
 日本の冷温帯地域には,かつて薪炭材として循環利用されていたブナ二次林が分布する。福島県駒止湿原周辺のブナ二次林では,1950年代の開拓農家の入植後,1970年代に伐根,表土削剥を伴う農地整備が行われたが,農地利用が進まないまま放棄された。1970年に駒止湿原が国の天然記念物に登録されると,農地からの土砂流入による湿原生態系への影響が危惧され,保全対策が強化された。2000年までに,湿原の集水域にあたる全開拓農地(約56 ha)が公有化され,75%近くが天然記念物の追加指定を受け,保護された。以降,地域ボランティアを中心に,ブナ植樹活動が行われているものの,20年以上経過した現在でもススキが繁茂し,植樹ブナは矮小化している。本地域における学術調査(駒止湿原保存方策調査検討委員会編2004)では,開拓跡地の土壌環境や植生調査が実施され,ブナ林回復のために植樹する苗木の適地選定に,ススキの生育の良否を指標とすることが提案されている。一方,本開拓跡地では,樹木の生育を助ける菌根の形成に関与する菌叢が不足しており(Guo et al 2018),ブナ苗木根に菌を接種して植樹する試験が進められている。
 対象地域の森林再生に際し,開拓時の土地改変量および改変強度,それに伴う土壌性状の把握が十分にされてないと言える。そこで,本研究の目的は,現地調査および土壌分析手法を用いて,強い人為的撹乱を受けた開拓跡地の二次遷移を明らかにし,ブナ林回復に向けた知見を得ることとする。
研究手法
 福島県南会津町の開拓跡地を調査対象に,農道に沿って北から順にNorth,Middle,South区(約2.14,1.38,0.81 ha)を設置した。N,M区内でススキの植被状況の違いからN1,2,M1,2区を設け,隣接するブナ二次林(対照区)を含む計6箇所で調査を行った。
2021年9月,2022年8〜10月に現地調査を実施し,ドローン空撮およびススキの草丈と密度の計測,バイオマス量(g/㎡)の算出(30×30 ㎠ 方形区内の乾燥リター量)により,植被状況を把握した。また,土壌断面調査を各区1地点実施し,10 cm深毎に試料を採取したほか,表層10 cmの土壌試料を各区5地点で反復採取した。風乾細土試料は,土壌pH(H2O,KCl,NaF)(ガラス電極法),全炭素・全窒素量(乾式燃焼法),土壌コロイド質Al,Fe,Si含量(選択溶解法),交換性陽イオン(Ca,Mg,K)量(バッチ法b)の測定に供試した。
結果と考察
開拓時の人為撹乱
・ブナ林表土(A層)のコロイド特性は,火山灰の風化に由来するアロフェン含量が少なく,腐植と結合する複合体Alが主体となっていた
・ブナ林土壌の20 cm以下(B,C層)は,火山灰質Andic特徴(FAO 2015)の基準を満たし,下層ほどその性質が強く表れ,深さによって母材のコロイド特性が異なった
・N区表土のコロイド特性はブナ林土壌の40〜50 cm,M,S区表土はブナ林土壌の30〜40 cmに相当した
 以上の結果から,開拓時の土地改変量,改変強度を伴う人為的撹乱の大きさは, N区(40〜50 cmの表土削剥)>>S区(20〜30 cmの表土削剥)>M区(20〜30 cmの表土削剥・耕起)であると推定した。
②土地改変と二次遷移の関係
・開拓跡地表土は,特に交換性Ca量がM2,S区で高かった
・M2,S区は,ススキの草丈,密度共に他区より有意に高く,全炭素量およびバイオマス量も多かった
 以上の結果から,農地開拓によって生じた各区間の土壌の物理化学的性状の不均質性に加え,ススキの植物体の供給という生物的作用の影響が示された。
③耕作利用の履歴(石灰施肥の影響)
・開拓跡地では,深さに沿って交換性Ca量が大きく変動し,鉛直分布は各区で異なった
・N1,S区では,交換性Ca量が表層より下層で多く,土壌断面において2 mm程度の白色斑紋が観察された
・ススキの生育が良好なM2,S区表土は土壌pH(H2O,KCl)がわずかに高く,交換性Ca量も表層(0~20㎝)で最も多い傾向が認められた
 以上の結果から,耕作時に施肥された石灰資材が土壌中に残留し,下方への溶脱・集積深度が各区で異なる可能性が示され,ススキの根によるCa吸収も示唆された。
結論
 本研究では,開拓時の表土削剥量と土層攪乱強度が,各区で異なることが現地調査および土壌分析手法により明らかとなった。また,耕作時の石灰施肥等の土壌改良や,放棄後の二次遷移で繁茂したススキの生物的作用が,土壌性状に影響を及ぼしていることが明らかになった。人為的攪乱を受けた開拓跡地における森林再生に際し,本研究で得られた土地改変履歴を踏まえた土壌性状に関する知見が,今後,植栽を実施する際の適地選定に寄与することが期待される。