11:00 〜 11:15
[HGG01-07] トチノキ巨木林の立地環境から考える自然科学と社会科学の対話
キーワード:巨木、山地渓畔林、森林利用、里山、採集林
トチノキ (Aesculus turbinata) は日本の冷温帯に広く分布する落葉高木である.トチノキの種子であるトチノミは,古くから山間部を中心に日本各地で重要な食糧となってきた.そのため,トチノミを採集する場としてのトチノキが生育する林 (採集林) は,採集活動と密接に関連しながら各地に存在していると考えられる.滋賀県高島市朽木地域におけるトチノミの採集林においては,トチノキの大径木が密集して生育する「トチノキ巨木林」が存在しており,発表者らはそれらの立地環境について検討してきた.さらに近年では,こうしたトチノキ巨木林が,複数の地域に存在していることも明らかになりつつある.
山村で暮らす人びととの関わりが深いトチノキ巨木林の立地環境や成立過程を検討するためには,自然環境(自然科学的側面)だけでなく,人為の影響等について(人文・社会科学的側面)も合わせて検討する必要がある.そのため本研究では,トチノキ巨木林の立地環境とその特徴について,複数地域における調査結果をもとに明らかにするとともに,トチノキ巨木林の事例から自然科学と社会科学の架橋について考えたい.
調査は滋賀県高島市,新潟県佐渡市,奈良県下北山村,兵庫県豊岡市等において2011年から2022年にかけて断続的に実施してきた.これらの地域において,巨木林が分布する集水域に出現したトチノキの位置情報,胸高周囲長,谷底からの高さ等を現地調査により記録した.合わせて空中写真やDEM等を利用して地形分類を行い,これらのデータを組み合わせて立地環境を検討した.また,調査対象とした地域の山林を所有・利用してきた近隣の集落において聞取り調査を実施し,山林やトチノキ・トチノミの利用方法等を記録している.
調査対象地における植生・地形調査から,トチノキ巨木林は特定の地形面に分布しており,これらに地域的な違いがみられることが明らかになった.具体的には,滋賀県などにおいては下部谷壁斜面,上部谷壁斜面と区分された地形面の境界をなす遷急線の直上や,谷頭凹地の上部斜面にトチノキ巨木が数多く分布していた.すなわち,トチノキは渓畔林の主要構成種であり水辺を好むが,本地域におけるトチノキの巨木は,谷底から一定の距離(高さ)を持って生育していることが明らかとなった.また,トチノキの巨木は,小・中径木と比べて谷の上流側に分布が偏って林分を形成していた.これらはいずれも大規模な地形撹乱を受けにくい場所であり,トチノキ巨木の立地が,地形的な制約を受けている可能性が示唆された.
他方で,奈良県などにおいては,谷を埋める土石流堆積物の緩斜面上に巨木林が形成されている地域もみられた.これらの地域においては,巨木の分布が必ずしも上流側に偏っていることはなく,滋賀県などの事例とは異なる地形環境に巨木林が成立していることが明らかになった.
聞取り調査からは,いずれの地域においてもトチノキが実の採取のために利用されており,利用のために結果的に周辺の林分とは異なって伐採が制限されてきたことが明らかになった.実際にトチノキ巨木林の周辺植生は,人為の影響を受けた二次林や人工林であり,多くの地域において里山のなかに立地する特異な植生として位置づけられる.
したがって,トチノキ巨木林の成立には,地形面の安定性などの環境要因が関わっているが,こうした要因はいくつかのパターンに分類できることが示唆された.一方で,トチノキの選択的な保全や他樹種に対する定期的な撹乱といった地域住民の自然資源利用は,いずれの地域においても巨木林の成立に影響していることが明らかになった.トチノキ巨木林は,自然資源の利用にともなって形成されてきた植生であり,自然・人文社会科学の双方の知見を統合して検討していく必要がある.
山村で暮らす人びととの関わりが深いトチノキ巨木林の立地環境や成立過程を検討するためには,自然環境(自然科学的側面)だけでなく,人為の影響等について(人文・社会科学的側面)も合わせて検討する必要がある.そのため本研究では,トチノキ巨木林の立地環境とその特徴について,複数地域における調査結果をもとに明らかにするとともに,トチノキ巨木林の事例から自然科学と社会科学の架橋について考えたい.
調査は滋賀県高島市,新潟県佐渡市,奈良県下北山村,兵庫県豊岡市等において2011年から2022年にかけて断続的に実施してきた.これらの地域において,巨木林が分布する集水域に出現したトチノキの位置情報,胸高周囲長,谷底からの高さ等を現地調査により記録した.合わせて空中写真やDEM等を利用して地形分類を行い,これらのデータを組み合わせて立地環境を検討した.また,調査対象とした地域の山林を所有・利用してきた近隣の集落において聞取り調査を実施し,山林やトチノキ・トチノミの利用方法等を記録している.
調査対象地における植生・地形調査から,トチノキ巨木林は特定の地形面に分布しており,これらに地域的な違いがみられることが明らかになった.具体的には,滋賀県などにおいては下部谷壁斜面,上部谷壁斜面と区分された地形面の境界をなす遷急線の直上や,谷頭凹地の上部斜面にトチノキ巨木が数多く分布していた.すなわち,トチノキは渓畔林の主要構成種であり水辺を好むが,本地域におけるトチノキの巨木は,谷底から一定の距離(高さ)を持って生育していることが明らかとなった.また,トチノキの巨木は,小・中径木と比べて谷の上流側に分布が偏って林分を形成していた.これらはいずれも大規模な地形撹乱を受けにくい場所であり,トチノキ巨木の立地が,地形的な制約を受けている可能性が示唆された.
他方で,奈良県などにおいては,谷を埋める土石流堆積物の緩斜面上に巨木林が形成されている地域もみられた.これらの地域においては,巨木の分布が必ずしも上流側に偏っていることはなく,滋賀県などの事例とは異なる地形環境に巨木林が成立していることが明らかになった.
聞取り調査からは,いずれの地域においてもトチノキが実の採取のために利用されており,利用のために結果的に周辺の林分とは異なって伐採が制限されてきたことが明らかになった.実際にトチノキ巨木林の周辺植生は,人為の影響を受けた二次林や人工林であり,多くの地域において里山のなかに立地する特異な植生として位置づけられる.
したがって,トチノキ巨木林の成立には,地形面の安定性などの環境要因が関わっているが,こうした要因はいくつかのパターンに分類できることが示唆された.一方で,トチノキの選択的な保全や他樹種に対する定期的な撹乱といった地域住民の自然資源利用は,いずれの地域においても巨木林の成立に影響していることが明らかになった.トチノキ巨木林は,自然資源の利用にともなって形成されてきた植生であり,自然・人文社会科学の双方の知見を統合して検討していく必要がある.