日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG01] 自然資源・環境に関する地球科学と社会科学の対話

2023年5月22日(月) 13:45 〜 15:15 オンラインポスターZoom会場 (3) (オンラインポスター)

コンビーナ:大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、古市 剛久(森林総合研究所)、佐々木 達(法政大学)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/22 17:15-18:45)

13:45 〜 15:15

[HGG01-P04] 地域住民間における地域資源保全指向の現状と展望について
―福井県大野市の地下水資源を事例に―

*小嶋 航太1林 紀代美2青木 賢人2 (1.金沢大学地域創造学類(学)、2.金沢大学地域創造学類)

キーワード:地下水、保全意識、大野市、地縁的関係性、井戸枯れ

1.研究目的
 高度経済成長期において,全国的に多発した地盤沈下をはじめとする地下水障害は様々な法整備,規制の結果縮小したものの,依然として地域資源としての地下水保全は諸地域において重要な課題となっている.地下水保全施策を効果的に進めていくためには,行政側からの視点のみにとらわれることなく,地域住民の意識や属性,保全体制との関わりをも考慮して施策の方向性を議論していくことが重要となり(田中,2018;千葉,2019),その第一段階として地域住民の地下水に対する現実の意識や行動,体制との関係性を調査していくことが必要となる.しかし,地域住民の細かな属性分類を踏まえて,意識や行動,保全体制との関係性が論じられた先行研究は多くは見受けられない.地域住民の詳細な属性による保全意識や利用行動を規定する要因を解明し,地下水資源を取り巻く地域住民間の構造の把握,また将来における構造の展望などを分析することは保全施策立案の観点から大きな意義がある.
 そこで本研究は,地域住民を対象に地下水保全意識・行動に関する調査を行い,統計的に地下水保全指向が高い地域住民と相関を持つ属性の抽出を行う.その結果を基に地下水資源に対する地域全体の住民意識を構造化し,課題の考察を行っていく.

2.調査地概要
 福井県大野市を調査対象地域として設定した.大野市民は地下水を主要な生活用水として利用しており,水道普及率は4割弱である.また,1960年代以降は地下水位低下による「井戸枯れ」という地下水障害が顕在化しており,過去の大規模井戸枯れ被害の発生時には地域住民主導の下,現在に続く地下水保全体制が構築された経緯がある.地下水に大きく依存した当地域における地下水保全には,今後とも住民との連携が必要不可欠である.地域住民の地下水に対する意識構造を分析することで,住民視点を取り入れた地下水保全施策の議論への活用を目指していく.

3.調査方法
 地域住民に対して対面でのアンケート調査を実施した.地下水位のデータに基づいて判定した「井戸枯れリスク」が大きい春日公園観測井周辺,中程度の天神町観測井周辺,小さい御清水観測井周辺の3地域において,計142人から回答を得た.また,集計結果の分析にあたっては明確に地下水保全意識をもって地下水保全条例を順守,または節水に取り組んでいる地域住民を「地下水保全指向が高い」と定義し,地域全体の住民意識構造の把握の中で基本的な指標とした.

4.調査結果と考察
 単純集計の結果,井戸枯れ経験率,井戸枯れ対策としての井戸の追加工事や水道整備率,地域内の井戸枯れ被害の認知率において,井戸枯れリスクが高い地域ほど高くなる傾向にあることが判明した.一方,地下水保全指向の評価において重視した項目である「条例で禁止されている地下水融雪の実施率」や「日常的な節水行動の実施率」においては,井戸枯れリスクによる地域区分で差は確認できなかった.過去5年における地下水保全活動への参加率は全ての地域を通じて非常に低い割合であった.1960年代の大規模井戸枯れ以降の地下水保全における住民参画の歴史を踏まえると,地下水保全にアクターとして携わる地域住民の減少が読み取れる.また,地下水に関する近隣住民との会話の頻度を問うた項目では井戸枯れリスクが高い地域を中心に一定の割合で確認できたものの,自由記述内においては近隣住民間の交流や会話の機会の減少を実感する意見が多数寄せられた.これらの結果から,大野市においても地縁的関係性の衰退が住民レベルで生じていることが読み取れ,保全活動や住民間の情報交換によって醸成されてきた保全意識の低下が推定される.
 単純集計の結果を基に,それぞれの項目内で地下水保全指向が高いと判断できる地域住民を再集計し,χ検定を行うことで地下水保全指向が高い地域住民に有意に相関を持つ属性の抽出を図った.その結果,主に「井戸枯れ被害に対する認知」が強いことが地下水保全指向の高い地域住民に有意に相関をもつ属性であることが判明した.さらに,「井戸枯れ被害に対する認知」が高い住民は日頃から「地下水に関する会話」をしていることが示された.加えて,「地縁的関係性」と「地下水保全活動への参加」は,上記「認知」と「会話」の程度と正の相関を持つことが確認された.これらのことから,地縁的関係性の衰退を要因として,現状の地下水保全体制と地域住民との関係性が希薄化していることが大野市の地下水資源を取り巻く総合的な課題であると判断した.
 これらの課題に関して,今後の地下水保全施策上においては,地下水保全指向が高い地域住民と相関がある属性を保有する地域住民の絶対数の増加を目指していくことが,地域住民間の意識構造に対する短期的な適応策として効果的であることが考えられる.