日本地球惑星科学連合2023年大会

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[J] 口頭発表

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[M-AG34] ラジオアイソトープ移行:福島原発事故環境動態研究の新展開

2023年5月24日(水) 10:45 〜 12:00 202 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:津旨 大輔(一般財団法人 電力中央研究所)、高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、桐島 陽(東北大学)、加藤 弘亮(筑波大学アイソトープ環境動態研究センター)、座長:高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、加藤 弘亮(筑波大学アイソトープ環境動態研究センター)

11:15 〜 11:30

[MAG34-08] 東京湾口における福島第一原子力発電所由来の137Csフラックスとその変動要因

*石山 陽子1乙坂 重嘉2、鋤柄 千穂3、宮崎 奈穂3、三野 義尚4 (1.東京大学新領域創成科学研究科、2.東京大学大気海洋研究所、3.東京海洋大学、4.名古屋大学宇宙地球環境研究所)


キーワード:東京湾、福島第一原子力発電所事故、沈降粒子、放射性セシウム

1. 研究背景
福島第一原子力発電所の南西に約250 kmに位置する東京湾は、2011年3月に発生した事故直後の放射性物質初期沈着の影響が少なかったものの集水域に沈着した放射性物質が河川によって集められ流入している[1]。例えば江戸川流域の堆積物は放射性セシウムの濃度が高く、河口が位置する東京湾北西の堆積物は高い137Cs濃度を示す [1, 2ほか]。一方で湾口からは物質交換に伴い湾内の放射性物質が湾外へ移動している可能性があるが、その実態把握は十分ではない。これを明らかにするためには、湾口から湾外へ移動・沈降する粒子を直接かつ長期間に渡り捕集可能なセジメントトラップを用いた観測が有効である。本発表では東京湾口で採取された沈降粒子試料について、沿岸-外洋間の粒子の輸送過程に伴う137Csの動態を明らかにするため実施した、沈降粒子の137Cs濃度やフラックスの時系列変動の分析結果を報告する。

2. 調査地域・分析手法
セジメントトラップは浦賀水道南端の東京湾口(35°02.2’ N, 139°38.9’ E, 海底水深850 m)の海底から100 m上層部に設置した。粒子の捕集期間は2018年12月から2019年12月までの約一年間で、7日間の間隔で52期間の沈降粒子を得た。採取後の試料から動物プランクトンを取り除き、孔径0.6 µmのメンブランフィルターで濾過、洗浄、乾燥したのち、全粒子束を測定した。その後、主要成分濃度(陸起源アルミノケイ酸塩、生物起源シリカ等)をSukigara et al. (2022) [3]と同様の手法で測定した。また、Ge半導体γ線スペクトロメトリーを用いて試料の137Cs濃度を測定した。

3. 結果と考察
湾口で採取された沈降粒子全52試料のうち33試料の137Cs濃度は検出下限値(〜11 mBq/g、条件により異なる)を上回った。計測された試料の137Cs濃度は2-10 mBq/gで変動し、平均値は5.9±1.7 mBq/gであった。この値は東京湾堆積物の137Cs濃度平均(荒川河口で117±46 mBq/g、湾中央部で20±16 mBq/g[2])と比較して低かった。
137Csフラックスは12-123 mBq/m2/dayの範囲で変動し、平均値は66±28 mBq/m2/dayであった。ほぼ全ての期間の137Csフラックスが東京で観測された大気降下物の137Csフラックスより有意に大きな値を示すことから、湾内に137Csの供給源が存在することが示唆される。また、137Csフラックスには年に数回の極大がみられた。
137Cs濃度は沈降粒子の1割程度を占める生物起源シリカの濃度と正の相関(相関係数 0.32)を示すことから、湾内で生産された珪藻が137Cs の動態に関与していることが示唆される。海水環境では堆積物中の鉱物粒子表面に吸着している137Csが溶出し海水中の137Cs濃度を上昇させる例が報告されていることから[4ほか]、準閉鎖的な東京湾では湾奥の高137Cs濃度堆積物が137Csの供給源となり、137Csが海水へ移動したのち珪藻に運搬されていると推測される。珪藻が137Csの挙動に関与することで、137Csの輸送経路や生物への取り込まれやすさに影響を及ぼす可能性がある。
以上の考察より東京湾口における137Csフラックスの変動要因について、全粒子束の増加に起因する(1)台風等の荒天に伴う一時的な陸域からの輸送、(2)冬期の海水混合に伴う湾内海底の擾乱で発生した懸濁物粒子の輸送に加え、 (3)湾表層の生物生産に伴う珪藻の137Cs取り込みとその輸送に支配されていると推察される。

参考文献
[1] H. Yamazaki, M. Ishida, R. Hinokio, YA. Yamashiki, and R. Azuma, PLoS One. 13, 3, e0193414 (2018)
[2] A. Kubo, K. Tanabe, Y. Ito, T. Ishimaru, H. Arakawa and J. Kanda, Chemosphere. 235, 550-555 (2019)
[3] C. Sukigara, S. Otosaka, N. Horimoto-Miyazaki, and M. Yoshihisa, J Oceanogr. (2022) DOI: 10.1007/s10872-022-00660-7
[4] S. Otosaka, S. Kambayashi, M. Fukuda, T. Tsuruta, T. Misonou, T. Suzuki and T. Aono, Environ. Sci. Technol. 54, 21, 13778–13785 (2020)