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[MGI28-02] 間隙水および炭化水素ガスの化学・同位体組成から推定される南海トラフ熊野前弧海盆深部の流体移動
キーワード:前弧海盆、南海トラフ、リチウム、メタン
南海トラフはフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでいる沈み込み帯であり,付加体が発達している。この沈み込みプレート境界はM8.0 以上の巨大地震が繰り返し発生する場所であり,地震発生プロセスを理解するために広範な研究が行われている。その内の1つとして,国際深海掘削計画(International Ocean Discovery Program,:IODP)による科学掘削が実施されており,南海トラフ沈み込み帯の地質構造や物性が明らかになりつつある。南海トラフでの地震活動には流体が重要な役割を果たすと考えられている。さらに,同海域では広範囲にメタンハイドレートの存在が確認されており,メタンハイドレートの形成にも流体が重要な役割を果たすと考えられる。しかし,南海トラフの付加体における流体循環の全体像は未だ明らかでない。本研究では,IODP NanTroSEIZにおいて熊野前弧海盆北西縁で掘削された堆積物試料から抽出した間隙水,ガス試料の化学・同位体分析により,熊野前弧海盆深部および付加体陸側の流体の起源・循環を明らかにすることを目的とする。
IODP Leg 385次航海において,熊野海盆の北西縁で掘削されたC0025掘削地点(33°24′05″N, 136°20′09″E;水深:2040 m)から採取された堆積物コア(コアリング深度: 420.2 ~574.3 meters below seafloor [mbsf])を用いた。C0025地点のある熊野海盆北西縁は熊野海盆形成前の初期の付加体が陸側の古い付加体や紀伊半島南端地下の火成岩体に衝突し,乗り上げている。衝突した付加体の上部は椀型に褶曲して背斜構造が形成され,断層が発達している。この掘削では,背斜構造の上に堆積する熊野前弧海盆深部の堆積物が採取された。
堆積物から抽出した間隙水中の主要溶存イオン濃度,間隙水の水素・酸素安定同位体比(δD・δ18O),リチウム安定同位体(δ7Li),炭化水素ガス中のメタン/(エタン+プロパン)濃度比[C1/(C2+C3)],メタンの炭素安定同位体比(δ13C-CH4),水素安定同位体比(δD-CH4),クランプトアイソトープ(Δ13CH3D)を測定し,流体の温度履歴及び起源を推定した。
C0025では間隙水中のCl-濃度(390 ~ 461 mM)が海水の濃度(約560 mM)よりも低かった。Cl-は岩石や堆積物中の物質と交換しにくい物質であることから保存成分と見なされ,海水よりも低い値は淡水によって間隙水が希釈されていることを示す。淡水の起源を特定するための指標としてδD・δ18Oが用いられる。間隙水のδDとδ18O(-8.4 ~ -4.4‰,-1.0 ~ -0.5‰)は海水よりも低く,Cl-濃度が低くなるほどδD値が低くなり,δ18Oは高くなる傾向を示したことから,淡水の起源は粘土鉱物の脱水由来であると示唆される。粘土鉱物の脱水は堆積物の埋没により地下深部の高温下で起こる反応であり,代表的な反応として,スメクタイト-イライト反応が挙げられる。
間隙水中のLi+濃度(106.0 - 164.8 µM)は海水の濃度の約4~6倍を示し,この高Li+濃度は高温下で堆積物からのLi+の放出を示唆する。間隙水中のNa+とLi+の濃度平衡を用いた地質温度計で見積もった温度は101~130℃を示した。また,間隙水中のLi+濃度とδ7Li(+25.0 ~ +19.3‰)は高温で放出されたLi+がスメクタイト-イライト反応の際に,イライトに取り込まれたことを示唆する。スメクタイト-イライト反応は約60~160℃で起こる。掘削深度の地温はそれよりも低い25℃以下であることから,スメクタイト-イライト反応を経験した低Cl-濃度,高Li+濃度の流体はコアリング区間よりも地温の高い深部から移動してきたと考えられる。
メタンの起源は低温下でメタン菌の代謝によって生成する微生物起源と埋没した有機物が高温下(80~230℃)で分解され生成する熱分解起源がある。メタンの起源を特定する指標として,C1/(C2+C3)とδ13Cが使われている。炭化水素ガスのC1/(C2+C3)(365-83294)およびメタンのδ13C(-59, -64‰)は,微生物起源メタンが主であり,熱分解起源メタンが少量混合していることを示す。メタンのδ13CとδD(-179, -183‰)は,メタンが水素と二酸化炭素を使った水素資化型のメタン生成経路で生成されたことを示す。また,メタンのΔ13CH3D(+3.97‰)から見積もられた見かけの生成温度(93℃)も微生物起源メタンと熱分解起源メタンの混合を示唆する。メタンのΔ13CH3Dやδ13Cを用いたミキシングモデルによると微生物起源メタンの混合率は70%以上と見積もられ,その場合の微生物起源メタンの生成温度は60℃程度である。
以上の結果から流体の経験温度は60℃以上であることが示され,コアリング区間よりも深部からの流体移動が示唆された。この海域の地温勾配から地温60℃の深度を推定したところ,おおよそ2000 mbsfであった。これは前弧海盆堆積物の下位にあたる付加体の深度に相当し,流体は付加体から移動してきていると考えられる。掘削地点の近辺の約400 mbsfでは強い海底面疑似反射面(Bottom Simulating Reflector : BSR)が観測されている。BSRはメタンハイドレートやフリーガス層の存在を示すため,付加体から供給された流体がこれらを形成している可能性がある。
今回の研究結果から,断層などを通じた付加体からの深部流体の供給が確認され,南海トラフにおける物質循環に大きく寄与していることが示唆された。
IODP Leg 385次航海において,熊野海盆の北西縁で掘削されたC0025掘削地点(33°24′05″N, 136°20′09″E;水深:2040 m)から採取された堆積物コア(コアリング深度: 420.2 ~574.3 meters below seafloor [mbsf])を用いた。C0025地点のある熊野海盆北西縁は熊野海盆形成前の初期の付加体が陸側の古い付加体や紀伊半島南端地下の火成岩体に衝突し,乗り上げている。衝突した付加体の上部は椀型に褶曲して背斜構造が形成され,断層が発達している。この掘削では,背斜構造の上に堆積する熊野前弧海盆深部の堆積物が採取された。
堆積物から抽出した間隙水中の主要溶存イオン濃度,間隙水の水素・酸素安定同位体比(δD・δ18O),リチウム安定同位体(δ7Li),炭化水素ガス中のメタン/(エタン+プロパン)濃度比[C1/(C2+C3)],メタンの炭素安定同位体比(δ13C-CH4),水素安定同位体比(δD-CH4),クランプトアイソトープ(Δ13CH3D)を測定し,流体の温度履歴及び起源を推定した。
C0025では間隙水中のCl-濃度(390 ~ 461 mM)が海水の濃度(約560 mM)よりも低かった。Cl-は岩石や堆積物中の物質と交換しにくい物質であることから保存成分と見なされ,海水よりも低い値は淡水によって間隙水が希釈されていることを示す。淡水の起源を特定するための指標としてδD・δ18Oが用いられる。間隙水のδDとδ18O(-8.4 ~ -4.4‰,-1.0 ~ -0.5‰)は海水よりも低く,Cl-濃度が低くなるほどδD値が低くなり,δ18Oは高くなる傾向を示したことから,淡水の起源は粘土鉱物の脱水由来であると示唆される。粘土鉱物の脱水は堆積物の埋没により地下深部の高温下で起こる反応であり,代表的な反応として,スメクタイト-イライト反応が挙げられる。
間隙水中のLi+濃度(106.0 - 164.8 µM)は海水の濃度の約4~6倍を示し,この高Li+濃度は高温下で堆積物からのLi+の放出を示唆する。間隙水中のNa+とLi+の濃度平衡を用いた地質温度計で見積もった温度は101~130℃を示した。また,間隙水中のLi+濃度とδ7Li(+25.0 ~ +19.3‰)は高温で放出されたLi+がスメクタイト-イライト反応の際に,イライトに取り込まれたことを示唆する。スメクタイト-イライト反応は約60~160℃で起こる。掘削深度の地温はそれよりも低い25℃以下であることから,スメクタイト-イライト反応を経験した低Cl-濃度,高Li+濃度の流体はコアリング区間よりも地温の高い深部から移動してきたと考えられる。
メタンの起源は低温下でメタン菌の代謝によって生成する微生物起源と埋没した有機物が高温下(80~230℃)で分解され生成する熱分解起源がある。メタンの起源を特定する指標として,C1/(C2+C3)とδ13Cが使われている。炭化水素ガスのC1/(C2+C3)(365-83294)およびメタンのδ13C(-59, -64‰)は,微生物起源メタンが主であり,熱分解起源メタンが少量混合していることを示す。メタンのδ13CとδD(-179, -183‰)は,メタンが水素と二酸化炭素を使った水素資化型のメタン生成経路で生成されたことを示す。また,メタンのΔ13CH3D(+3.97‰)から見積もられた見かけの生成温度(93℃)も微生物起源メタンと熱分解起源メタンの混合を示唆する。メタンのΔ13CH3Dやδ13Cを用いたミキシングモデルによると微生物起源メタンの混合率は70%以上と見積もられ,その場合の微生物起源メタンの生成温度は60℃程度である。
以上の結果から流体の経験温度は60℃以上であることが示され,コアリング区間よりも深部からの流体移動が示唆された。この海域の地温勾配から地温60℃の深度を推定したところ,おおよそ2000 mbsfであった。これは前弧海盆堆積物の下位にあたる付加体の深度に相当し,流体は付加体から移動してきていると考えられる。掘削地点の近辺の約400 mbsfでは強い海底面疑似反射面(Bottom Simulating Reflector : BSR)が観測されている。BSRはメタンハイドレートやフリーガス層の存在を示すため,付加体から供給された流体がこれらを形成している可能性がある。
今回の研究結果から,断層などを通じた付加体からの深部流体の供給が確認され,南海トラフにおける物質循環に大きく寄与していることが示唆された。