日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS08] 南大洋・南極氷床が駆動する全球気候変動

2023年5月26日(金) 13:45 〜 15:00 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:草原 和弥(海洋研究開発機構)、箕輪 昌紘(北海道大学・低温科学研究所)、野木 義史(国立極地研究所)、関 宰(北海道大学低温科学研究所)、座長:草原 和弥(海洋研究開発機構)

13:45 〜 14:00

[MIS08-12] 南極沿岸ポリニヤで卓越するフラジルアイス生成とその底層水形成及び物質循環における役割

★招待講演

*大島 慶一郎1,2、伊藤 優人3、中田 和輝4、深町 康2田村 岳史3 (1.北海道大学低温科学研究所、2.北海道大学北極域研究センター、3.国立極地研究所、4.宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター)

キーワード:フラジルアイス、南極底層水、沿岸ポリニヤ、物質循環、海氷生産

南極底層水は、全海洋の深層に広がり、海洋深層大循環の起点になっている。南極底層水の起源水は、海氷生成の際にはき出されるブラインによって生成される高密度陸棚水(DSW)である。10年ほど前に、昭和基地の東方1,200kmのケープダンレー沖が未知(第4)の南極底層水生成域であることが、底層水の通り道である峡谷での実測から明らかになった(Ohshima et al., 2013)。この底層水の起源水となるDSWは峡谷の上流にあるケープダンレーポリニヤでの大量の海氷生成によることが示唆されるが(Tamura et al., 2008)、このポリニヤ内での実測がないため、どのくらい、どのようにして、海氷生成が生じ、それがどのように底層水形成に繋がっていくのかはわかっていなかった。日本南極地域観測隊では、、ケープダンレーポリニヤ内に2つの係留系を設置し、2010年2月から1年間、海水と海氷の長期連続データを取得することに成功した(当時、このポリニヤでは初)。本研究は、Ito et al.(2017)等によって開発された、係留系音響測器の散乱強度データから海中内部のフラジルアイスを捉える手法、及びNakata et al.(2019)によって開発された衛星マイクロ波放射計データからフラジルアイス域を検知し海氷生産量を推定するアルゴリズムを活用して解析を行った。
係留系観測での最も大きな発見は、この沿岸ポリニヤでは、海中で生成されるフラジルアイスが、海中深く少なくとも測器がある水深80m付近まで達するようなイベントが頻繁に起こることがわかったことである。このようなフラジルアイスイベントは強風イベントに非常によく対応し、フラジルアイスが達する深さも風の強さとよく対応する。海中でフラジルアイスが生成されると、海洋表面が、断熱材となる海氷に覆われないので、海水が直接寒気にさらされ続けて極めて効率的に海氷が生成される。このためにフラジルアイスイベントでは大量に海氷生成が行われ、低温・高塩のDSWができる。ポリニヤの沿岸側は流速が小さくポリニヤ内での平均滞留時間が長いため、より高塩のDSWが生成され、流速が大きく平均滞留時間の短い沖側との間に密度フロントが作られる。そのため沿岸側のDSWは沖側の下層に潜り込み、陸棚斜面を下りながら周りの水(沖から補償される周極深層水起源の水も含め)と混合し南極底層水が形成される、という一連のプロセスが提示された。
一方、係留系によるフラジルアイス検知データは、衛星マイクロ波放射計によるフラジルアイス域検知アルゴリズムに対して、極めて貴重な検証データにもなっている。この衛星アルゴリズムと風速データから、深いフラジルアイスイベントが南大洋のどこで生じやすいかを推定する手法も開発し、そのマッピングを南大洋全域で行った。その結果、このイベントは、他の南極沿岸ポリニヤでも生じることが示唆されるとともに、ケープダンレーポリニヤが一番生じやすいことが示された。このことが、このポリニヤ域を南極底層水の形成域たらしめていると考えられる。生物生産が大きい季節海氷域では、フラジルアイスが生成される際に鉄等を含む堆積物を取り込み、海氷が融解するときに放出することで植物プランクトンの大増殖を誘起する、という仮説が提唱されている。今回明らかになったフラジルアイスの生成域が海中深くまで達するという事実は、その可能性を高めるもので、海氷を介する物質循環や生物生産の理解にも繋がる。