日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS09] 生物地球化学

2023年5月23日(火) 15:30 〜 16:45 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:福島 慶太郎(福島大学農学群食農学類)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:福島 慶太郎(福島大学農学群食農学類)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

16:00 〜 16:15

[MIS09-08] 関東北部のアカマツ林における大気沈着窒素の長期的な挙動: 窒素安定同位体(15N)トレーサー添加10年後の15N回収率

*福澤 加里部1柴田 英昭1、若松 孝志2稲垣 善之3 (1.北海道大学北方生物圏フィールド科学センター、2.電力中央研究所、3.森林総合研究所)

キーワード:窒素安定同位体トレーサー、アカマツ林、δ15N、15N回収率、土壌

森林の窒素保持機構を明らかにすることは、大気窒素沈着などの環境変動下における森林の生態系機能の評価に欠かせない。本研究では、大気から移入したNの挙動を調べるために、高負荷の大気窒素沈着に曝されている関東北部のアカマツ林において、窒素安定同位体(15N)トレーサーを添加して10年後における植生・土壌の各プールのδ15Nと15N回収率を評価した。そして添加1年後の回収率との比較により、大気沈着窒素の長期的な挙動について考察した。
調査は群馬県内に位置する電力中央研究所赤城試験センター内のアカマツ林にて行った。2002年9月に20m215N添加区と対照区プロットを設け、15N添加区では15Nで標識した塩化アンモニウム水溶液を0.5 kgN ha-1散布した。各プロット内にて10年後の2013年1月にアカマツ地上部とO層、土壌および細根を採取した。アカマツ地上部は伐倒し、幹の円盤、枝、葉、球果を採取した。O層と深さ40㎝までの土壌を採取し、土壌は0-10、10-20、20-40 ㎝に分別した。また、各土壌層に含まれている細根を採取した。質量分析計を用いてδ15Nを求めた。バイオマスまたは現存量、窒素濃度とδ15Nから求めた各プールの15N移行量を15N添加量で除することにより各プールの15N回収率を計算した。
樹木の各器官のδ15Nは15N添加区において対照区よりも有意に高かった。表皮から15年分の年輪を5年毎に分別して調べた樹幹の年輪位置はδ15Nに影響しなかった。その他の植物体の各器官のδ15Nも15N添加区で高かった。器官別のδ15Nは細根で9.7-10.0‰と最大だったのに対し、他の地上部器官はいずれも負値を示した。これは地上部器官の窒素現存量が細根よりも大きいため、15Nが希釈されたためであろう。他方、各樹木部位のδ15Nは添加1年後の値に比べて著しく低下していることから、15Nは希釈された、すなわち15Nは葉や細根の枯死・脱落に伴ってO層プールへ移動し、徐々にその後に供給された自然由来の窒素(14N)に入れ替わったことが示唆された。O層・土壌のδ15Nも15N添加区で高く、土壌深度別では0-10 cmにおいて最大であった。O層のδ15Nは添加1年後に比べて劇的に低下した。これはリターの分解が速いことと新たに供給されたリターのδ15Nが低いことによると考えられた。土壌のδ15Nは添加1年後と同程度であった。植物体の樹木への回収率合計は2%、O層は0.2%と非常に小さく、大気から移入した窒素が長期間では植生には蓄積せずに土壌へ移動したことが示唆された。さらにマツ枯れにより樹木現存量が減少すれば、樹木活性の低下によるδ15Nの低下に加えて、窒素プールの減少によって樹木による窒素保持機能がさらに低下する可能性がある。一方、土壌の15N回収率合計は32%であり、生態系全体の15N回収率合計(34%)の大部分を占めた。また、添加1年後と比べて土壌の15N回収率の低下は見られなかった。以上から、長期的な測定により、植生やO層よりも土壌が森林生態系のN保持に重要な役割を果たしていることが明らかになった。しかし、生態系全体の15N回収率は添加1年後の84%から10年後には34%に大幅に低下しており、相当量の窒素が森林土壌から損失していることが示唆された。