日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS09] 生物地球化学

2023年5月24日(水) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (18) (オンラインポスター)

コンビーナ:福島 慶太郎(福島大学農学群食農学類)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/23 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[MIS09-P06] 三酸素同位体組成を指標に用いた対流圏二酸化炭素と陸域生態系の相互作用の定量化

*中川 書子1、中村 恵弥1角皆 潤1、伊藤 昌稚1高梨 聡2坂部 綾香3斉藤 拓也4 (1.名古屋大学大学院環境学研究科、2.国立研究開発法人森林研究、3.京都大学白眉センター、4.国立環境研究所)

キーワード:二酸化炭素、三酸素同位体組成、陸域生態系

人為起源の二酸化炭素(CO2)がもたらす地球温暖化やその気候・気象影響は世界各所で顕在化しつつあり、人類の大きな脅威となっている。しかし大気中に放出された人為起源のCO2は、そのまま大気中に蓄積する訳では無い。その多くは海洋や陸上生態系に吸収され、大気中に蓄積するCO2は全人為起源CO2の半分程度に過ぎない。このため、海洋や陸上生態系のCO2吸収量がどのような仕組みによって決まり、これが今後どのように変化していくのかと言った、いわゆる炭素循環の定量的理解が、人類にとってきわめて重要な課題となっている。このような炭素循環を定量化する指標として利用されて来たのが、CO2の安定同位体比 (δ13Cやδ18O)である。これは主要起源毎にCO2の安定同位体比が大きく異なることを利用するもので、大気CO2の安定同位体比の絶対値やその季節変動、経年変化等を観測することで、海洋や陸上生態系との相互作用を定量化出来る。しかし同位体比の異なる起源間の混合以外に、海洋や植物がCO2を吸収する際の同位体効果によってδ13Cやδ18Oは変化する。このため複数の仮定を置かないと解析出来ず、定量化された炭素循環量の確度も低かった。これに対して、CO2中の三酸素 (16O、17O、18O) の相対比であるΔ17O (= ln(1 + δ17O) − 0.5229 × ln(1 + δ18O)) 値も起源毎に微小変化することが近年明らかになった(Hofmann et al., 2017)。しかもΔ17O値なら同位体効果の補正を最小限に抑えることができる。従って、対流圏CO2のΔ17O値を0.01‰前後の超高精度で分析することが出来れば、炭素循環量を高確度で定量出来る。しかし大気濃度レベルのCO2のΔ17O値を、0.01‰前後の高精度で分析するのは極めて難しい。このため、0.01‰前後の高精度で分析された対流圏CO2のΔ17O値は過去にほとんど報告が無く、国内には存在しなかった。また数少ない報告値も、そのすべてが相互に整合性があるとは言えない状況にあった。

そこで本研究では、H2OのΔ17O値を0.01‰前後の精度で定量出来るCRDS (Steig et al., 2014)に着目し、CO2のO原子を定量的にH2Oに変換した上で、CRDSを用いてΔ17O値を分析する新しい同位体比分析システムを開発した。そして、対流圏CO2の主要放出源の1つである陸域生態系の呼吸に由来するCO2のΔ17O値を決定することを試みた。陸域生態系の呼吸に由来するCO2のΔ17O値が海洋や化石燃料燃焼といった他の主要放出源と大きく異なればCO2のΔ17Oは有用なトレーサーとなり得るからである。本研究では、陸域生態系呼吸(土壌呼吸・植物呼吸)、化石燃料燃焼といったCO2の主要放出源に加えて、都市大気 (名古屋大学構内) と滋賀県の桐生水文試験地にて大気観測を行った。桐生水文試験地では、森林フラックスタワーを利用した渦集積法 (Lukas & Anas, 2019) で上昇流と下降流に区分して捕集した大気試料を同位体比測定用に分取した。CO2の濃度と同位体比は質量分析法と分光法を併用して測定を行った。その結果、土壌呼吸と植物呼吸によって放出されるCO2はそれぞれ+71 × 10-6と+42 × 10-6という高いΔ17O値を示すことが判明した。これは天水との酸素同位体交換、蒸発散による同位体分別、拡散による同位体分別の影響が加わったCO2と考えると妥当なΔ17O値である。また、桐生水文試験地における上昇流 (森林大気由来) と下降流 (一般大気由来) のΔ17O値を比較すると、上昇流が下降流と比べて有意に高いΔ17O値を示し、陸域生態系呼吸CO2のΔ17O観測結果を支持した。観測されたΔ17O値は下降流として森林キャノピー内に入ったCO2の約30 %が陸域生態系と相互作用した上で上昇流として一般大気中に放出されていることを示唆した。一方、名古屋大学構内の大気CO2は-100 × 10-6から+52 × 10-6程度の幅広い変化を示した。このうち低いΔ17O値は化石燃料燃焼に直接由来するCO2の混合で説明できるが、高いΔ17O値はバックグラウンドの対流圏CO2より有意に高い。この名古屋大学構内で観測された高いΔ17O値を示すCO2は陸域生態系からの放出を反映したものであり、都市圏内でも陸域生態系と活発な相互作用をしている可能性が高い。CO2は海洋とも活発に相互作用することが知られているが、そのΔ17O値は-5 × 10-6程度と予想されるため、陸域生態系との相互作用を経て放出されるCO2は海洋起源と明確に区別することができる。