日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] 山の科学

2023年5月26日(金) 15:30 〜 17:00 オンラインポスターZoom会場 (11) (オンラインポスター)

コンビーナ:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部フィールド科学人材育成プログラム)、西村 基志(国立極地研究所 国際北極環境研究センター)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/26 17:15-18:45)

15:30 〜 17:00

[MIS10-P02] 北アルプス北部,八方沢地すべり地に発達する池溏における完新世後期以降の環境変化

*佐藤 匠1苅谷 愛彦2 (1.専修大学・院、2.専修大学)


キーワード:北アルプス、完新世、環境変化、地すべり

北アルプス南部の高山・亜高山帯に存在する閉塞凹地性の池溏や湿地では,掘削調査によって凹地の地形や池溏の発達,古環境,生物自然史が解明されつつある.本研究では,北アルプス南部よりも多雨多雪気候が支配的な北アルプス北部に着目し,大規模地すべり移動体上に形成された閉塞凹地性の池溏で同様の掘削調査を行った.そして地すべり地の周囲の環境変化を予察的に検討した.
 調査地は,八方尾根八方山(標高1974 m)南面の八方沢源頭に発達する地すべり移動体である.八方沢には大別して5つの地すべり移動体が存在する.面積最大の移動体Aは八方尾根の稜線直下に長さ980 mの滑落崖を持つ.移動体Aは上部で東西(Ae, Aw)に二分されるが,それらは下部で合体する.移動体Aの面積は約7.64×105 m2で,厚さを平均10 mとすると体積のうえで大規模級に相当する.なお,同地一帯の地質は,年代未詳の超苦鉄質岩と,白亜紀~古第三紀の有明花崗岩を主とする.更新世後期の氷河堆積物も分布するが,詳細な検討はなされていない.
 移動体A上には小規模崩壊やリッジ,小丘および閉塞凹地がみられる.移動体A上の閉塞凹地性池溏の3か所(HDA=標高1820 m,HDB=1708 m,HDC=1733 m)でハンドオーガー掘削を行い,HDA=239 cm(HPO-2021),HDB=183 cm(HPO-2022A),HDC=127 cm(HPO-2022B)に達する柱状コアを得た.
 コア断面の肉眼的層相観察に基づき,HPO-2022Aを7帯(下位からA1帯:179~183 cm,A2帯:78 cm~179 cm,A3帯:65~78 cm,A4帯:54~65 cm,A5帯:35~54 cm,A6帯:9~35 cm,A7帯:0~9 cm),HPO-2022Bを4帯(下位からB1帯:72~127 cm B2帯:61~72 cm,B3帯:18~61 cm,B4帯:0~18 cm)の堆積相に区分した.
 堆積相区分と14C年代から,JpGU2022で報告したHPO-2021を含む3本のコアにおおむね共通する環境変化が見いだされた.各地点とも50~70 cm以深では砂礫層が連続して堆積している(年代換算=約3.1 cal ka BP~約1.6 cal ka BP以前).それより上位では,腐植を含むシルト層に変化し,地表まで堆積している.これは,移動体Aにおいて遅くとも約1.6 cal ka BPまで斜面は不安定で植生が乏しく砂礫層が堆積したが,その後は斜面の安定化と植生の侵入が生じて腐植質シルト層が堆積したことを示す.なお,HPO-2022Aコア最深部の腐植質シルトが約7.8 cal ka BPであるため,池溏HDBの周辺では完新世前半に植生が侵入していたことが示唆される.
 約3.1 cal ka BP~約1.6 cal ka BP以前の砂礫層の堆積には,小規模崩壊などの斜面変動のほか,完新世後期の気候冷涼化による消雪の遅れとそれに関連した残雪砂礫地の拡大が関係したことが考えられる.北アルプス北部では,花粉分析によって完新世後期に一時的な気候冷涼化が生じたことが示唆されている.また,北アルプスや東北地方の多雪山地では,この時期に気候冷涼化と関連した斜面不安定化が生じたとも推定されている.以上より,八方沢でも同様の環境変化が生じた可能性がある.さらに,八方沢の東約6 kmに存在する神城断層では,約6 ka以降4回の古地震活動があったとされており,斜面変動をもたらした可能性もある.
 上高地では,八方沢より高標高の池溏でも腐植質シルトの堆積が約6.2 cal BPから始まっている.北アルプス南部と北部で腐植質シルトの堆積開始に時間差がある要因が局所的な地形条件の違いによるのか,広域的な気候変動や古地震活動が関係しているのかは今後検討する.