16:00 〜 16:15
[MIS14-07] 結晶の蒸発における反応速度論と表面ダイナミクス
キーワード:蒸発、反応速度論、遷移状態理論、化学進化
背景:惑星系の初期化学進化において,蒸発 (昇華) は元素・同位体分別の主要過程として重要であり,先行研究では,初期太陽系の主要鉱物・メルトの蒸発速度が実験的に調べられてきた.これらの研究において,蒸発速度はHertz-Knudsen (HK) 式を用い,平衡蒸気圧,温度,蒸発分子の質量,および実験値と理想値の比で定義される蒸発係数 (0<≤1) の関数として表現されてきた [e.g., 1-3].しかし,HK式は化学平衡における詳細釣り合いから導かれるため,非平衡条件での妥当性は自明ではない [4, 5].実際,結晶の蒸発実験では,蒸発係数の物質間の違いや,温度・結晶方位依存性など,HK式で説明できない挙動が報告されている [3, 6].また,共存する気体の反応次数は,平衡蒸気に基づくHK式の予測と必ずしも一致しない [7].
そこで本研究では,遷移状態理論を用いることにより,非平衡条件における蒸発の絶対速度の導出をおこなった.また,結晶表面での反応機構モデルと組み合わせることにより,具体的な実験系 (フォルステライトの水素・水蒸気中蒸発) に理論を応用し,反応次数を検討した.
手法・結果:結晶の蒸発を化学反応とみなすことにより,蒸発速度の導出に遷移状態理論を適用した.先行研究において,同様の手法が凝縮速度の導出に用いられた例がある [8].遷移状態理論では,反応物 (固相)と生成物の間に平衡が成立していない場合でも,反応物と遷移状態の分布が Maxwell-Boltzmann分布に従うことが仮定される.この仮定に基づいて導出された蒸発速度をHK式と比較することにより,蒸発係数の式が得られ,先行研究で求められた凝縮係数との整合性も示された [8, 9].さらに,同様の手法を用いて調和蒸発速度の導出をおこない,HK式との整合性が,遷移状態と生成物の分子数比に依存することが明らかになった.
本理論を具体的な反応に適用することを目的として,フォルステライトの水素・水蒸気中での蒸発 (Mg2SiO4→2Mg+SiO+3H2O) について実験をおこない,反応次数を調べた.HK式に基づくと,蒸発速度がPH2/PH2O に比例することが予測されるが [10],本実験では,PH2/PH2O依存性がそれよりも小さい可能性が示唆された.
議論:フォルステライト蒸発における水素・水蒸気の反応次数を評価するため,水素・水蒸気の解離吸着,結晶表面での酸化還元反応 [11],および蒸発を含む複数の反応機構モデルを構築し,反応速度の解析をおこなった.その結果,一部のモデルでは,遷移状態理論に基づいた蒸発素反応が律速する条件において,反応次数が遷移状態と生成物の分子数比で表されること,また,比が1となる場合にHK式と整合的となることがわかった.本理論は,先行研究および実験で得られた反応次数を説明しうるが,検証のためには実験および理論による表面ダイナミクスの解明が必要であることが示唆される.
引用: [1] Tsuchiyama A. et al. (1998) Min. J. 20, 113. [2] Tachibana S. and Tsuchiyama A. (1998) GCA 62, 2005. [3] Richter F. M. et al. (2007) GCA 71, 5544. [4] Marek and Strauß (2001) Int. J. Heat. Mass Trans. 44, 39. [5] Persad A. H. and Ward C. A. (2016) Chem. Rev. 116, 7727. [6] Takigawa A. et al. (2009) ApJ 707, L97. [7] Lew S. et al. (1992) Chem. Eng. Sci. 47, 1421. [8] Nagayama G. and Tsuruta T. (2003) J. Chem. Phys. 118, 1392. [9] Mortensen E. M. and Eyring H. (1960) J. Phys. Chem. 64, 846. [10] Tsuchiyama A. et al. (1999) GCA 63, 2451. [11] Souvi S. M. et al. (2013) Surf. Sci. 610, 7.
そこで本研究では,遷移状態理論を用いることにより,非平衡条件における蒸発の絶対速度の導出をおこなった.また,結晶表面での反応機構モデルと組み合わせることにより,具体的な実験系 (フォルステライトの水素・水蒸気中蒸発) に理論を応用し,反応次数を検討した.
手法・結果:結晶の蒸発を化学反応とみなすことにより,蒸発速度の導出に遷移状態理論を適用した.先行研究において,同様の手法が凝縮速度の導出に用いられた例がある [8].遷移状態理論では,反応物 (固相)と生成物の間に平衡が成立していない場合でも,反応物と遷移状態の分布が Maxwell-Boltzmann分布に従うことが仮定される.この仮定に基づいて導出された蒸発速度をHK式と比較することにより,蒸発係数の式が得られ,先行研究で求められた凝縮係数との整合性も示された [8, 9].さらに,同様の手法を用いて調和蒸発速度の導出をおこない,HK式との整合性が,遷移状態と生成物の分子数比に依存することが明らかになった.
本理論を具体的な反応に適用することを目的として,フォルステライトの水素・水蒸気中での蒸発 (Mg2SiO4→2Mg+SiO+3H2O) について実験をおこない,反応次数を調べた.HK式に基づくと,蒸発速度がPH2/PH2O に比例することが予測されるが [10],本実験では,PH2/PH2O依存性がそれよりも小さい可能性が示唆された.
議論:フォルステライト蒸発における水素・水蒸気の反応次数を評価するため,水素・水蒸気の解離吸着,結晶表面での酸化還元反応 [11],および蒸発を含む複数の反応機構モデルを構築し,反応速度の解析をおこなった.その結果,一部のモデルでは,遷移状態理論に基づいた蒸発素反応が律速する条件において,反応次数が遷移状態と生成物の分子数比で表されること,また,比が1となる場合にHK式と整合的となることがわかった.本理論は,先行研究および実験で得られた反応次数を説明しうるが,検証のためには実験および理論による表面ダイナミクスの解明が必要であることが示唆される.
引用: [1] Tsuchiyama A. et al. (1998) Min. J. 20, 113. [2] Tachibana S. and Tsuchiyama A. (1998) GCA 62, 2005. [3] Richter F. M. et al. (2007) GCA 71, 5544. [4] Marek and Strauß (2001) Int. J. Heat. Mass Trans. 44, 39. [5] Persad A. H. and Ward C. A. (2016) Chem. Rev. 116, 7727. [6] Takigawa A. et al. (2009) ApJ 707, L97. [7] Lew S. et al. (1992) Chem. Eng. Sci. 47, 1421. [8] Nagayama G. and Tsuruta T. (2003) J. Chem. Phys. 118, 1392. [9] Mortensen E. M. and Eyring H. (1960) J. Phys. Chem. 64, 846. [10] Tsuchiyama A. et al. (1999) GCA 63, 2451. [11] Souvi S. M. et al. (2013) Surf. Sci. 610, 7.