日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS15] 古気候・古海洋変動

2023年5月24日(水) 10:45 〜 12:15 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)、小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所)、座長:山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)

11:00 〜 11:15

[MIS15-26] 古文書記録の旱魃・長雨記述の連続性改善に向けた樹木年輪酸素同位体比の活用

*飯塚 比呂人1庄 建治朗1、李 貞2加藤 義和2中塚 武2 (1.名古屋工業大学大学院、2.名古屋大学)


キーワード:年輪、セルロース酸素同位体比、旱魃、長雨、古文書記録

研究目的
 古文書記録は気候復元に用いられる代表的なツールの1つである.江戸時代以降において全国の藩や商人が日記を残しており,近代的な気候観測が開始する以前の気候を復元する有効なツールになっている.しかしながら,古文書記録は地域や時代,書き手の主観が混じっており,定性的なデータであることが多い.また複数文献から編纂された市・町史では,断片的なデータになっている.気候復元に用いるためには,定量的かつ連続的なデータであることが望ましい.
 一方で,定量的な気候復元として樹木年輪を用いた研究が活発に行われてきた.特に樹木年輪に含まれるセルロースの酸素同位体比を測定する手法は,入手・保管が容易なことや高い時間分解能を得られることから世界中で取り入れられている.
 そこで本研究では岐阜県東濃地方を対象として,樹木年輪セルロースの酸素同位体比と気象台の観測データを用いて古文書記録の連続性を改善する手法を検討する.
文献・樹木サンプル紹介
古文書記録は岐阜県東部に広がる東濃地方の市史・町史等21の文献史料から年表及び災害,飢饉の記述を抜粋した.東濃地方は江戸時代に中山道が整備された地域であり,本研究のサンプル採取地も大湫(おおくて)宿として整備されていた.そのため当地域には藩や商人の日記が多数残っており,各市史・町史にまとめられている.
樹木年輪セルロース酸素同位体比は大気の乾湿と相関関係があり,1~数か月程度の時間分解能を有する.そこで本研究では1~数か月程度継続する気象現象として旱魃と長雨に着目し,これらの記述を収集した.
 樹木年輪のサンプルは2020年7月に倒木した岐阜県瑞浪市大湫町のスギ(Cryptomeria japonica)を用いた.樹齢は約670年であるが,中心部は腐食が激しかったため,中心部を除く約400年分の年輪を使用した.試料からセルロース薄板を作成し,1年輪を12~1等分割した後に名古屋大学環境学研究科に設置されている熱分解元素分析計と同位体比質量分析計のオンラインシステムを用いて酸素同位体比を測定した.
結果・考察
 樹木年輪セルロース酸素同位体比の測定結果より,約400年分の連続データを得た.特に1949年以前までは年輪幅が極端に狭い年を除いて,1年輪を6分割したデータを連続して得ることができた.この測定結果と岐阜地方気象台で観測された1883-2020年の旬別平均相対湿度を比較し,サンプルの成長期を5月上旬から7月中旬と推定した.
 古文書記録の収集の結果,1700年以降に旱魃で10年,長雨で6年に季節の記述があった.主な季節記述は新暦の5月から9月であった.そこで年層内を6分割した各セグメントについて例年値(1700-1900年の平均値)を求め,季節の記述があった旱魃年と長雨年それぞれについて,酸素同位体比の例年値からの偏差の年層内変動を確認した.その結果,全体として旱魃年は第1・4・5・6セグメントで例年値よりも高い値を示した.長雨年は第1から第5セグメントで低い値を示した(Figure 1).すなわち,古文書記録と年層内変動は整合的であった.
そこでFigure 1の偏差より閾値を設定した.なお,第1・6セグメントについては試料の性質上,年輪境界での正確な切断が難しく,前年或いは翌年の試料が混入している可能性があるケースがあったため,除外して検討した.本研究では旱魃年は第4・5セグメントで例年値よりも高い値を示したため偏差が第4セグメントで0.4‰以上かつ,第5セグメントで0.8‰以上の年を旱魃年と定義し,観測データのある1883-2020年の樹木年輪セルロース酸素同位体比を用いて抽出を行った.
 この結果,1914,1919,1920,2018年が旱魃年として抽出された.これら4年について月別相対湿度の平均と1883-2020年の全ての年についての月別相対湿度の平均を比較すると,樹木の成長期を通じて,旱魃年の方が同等もしくは低い値で推移していた(Figure 2a).
 同様にして長雨についても抽出を試みた.長雨年は偏差が第3セグメントで-1.75‰以下かつ,第4セグメントで-2.0‰以下の年と定義し,抽出した.その結果,1929,1931,1946年が長雨年として抽出された.旱魃同様に抽出された年について月別相対湿度の平均と1883-2020年の全ての年についての月別相対湿度の平均を比較すると,4・5月で長雨年の方が高い値となった(Figure 2b).
 この結果から旱魃では複数史料に記述がある年は,客観性が比較的高く,気象観測データと整合的なデータになっている事が示された.一方で長雨では降水量や継続時間以外に降水同位体比等も異なるため樹木年輪セルロース酸素同位体比変動と相対湿度の関係が薄れていると考えられる.
まとめ
 本研究では東濃地方の文献史料と樹木年輪セルロース酸素同位体比変動を比較し,文献資料の気象災害記録の連続性を改善する手法を検討した.その結果,複数文献で記述がある災害と樹木年輪セルロース酸素同位体の変動が整合的な年が確認された.また研究過程で設けた閾値によって,樹木年輪酸素同位体比の年層内データを用いて,旱魃年を客観的に抽出することが可能であることが示唆された.
以上より,古文書記録の連続性を改善する際に,樹木年輪セルロース酸素同位体比の利用は有効な手段の1つと考えられる.しかしながら,長雨でも利用できるように最適な閾値の設定や他地域への応用については今後の課題であり,更なる研究が必要である.