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[MIS15-P26] 東アジアの気候の13~14世紀と20~21世紀の間での比較分析
キーワード:樹木年輪、酸素同位体比、古気候学
1.はじめに
近年、樹木年輪セルロース酸素同位体比(δ18Ocel, 相対湿度と負の相関)の大量・迅速分析技術が進み、気象観測データ、歴史史料と組み合わせた年単位での気候の比較分析が可能となった。その結果、PAGES 2k network (2013)によると1320~30年代には現代に匹敵する温暖化が発生しており、この時期と2010年代以降の日本では共通して、「温暖期であるものの、気温の上昇に伴い低下するはずの相対湿度が反転上昇する」ことが明らかとなった(中塚, 2022)。しかし、歴史史料を用いた災害発生状況の復元においては、中国では寒冷湿潤期と温暖湿潤期に共に災害史料数が増加するのに対し、日本では温暖湿潤期に災害史料数の増加がみられず古気候データから復元された気候状況との間に齟齬が生じている。一方、18~19世紀のδ18Ocel の年層内変動(年層を6~12分割して測定)から、温暖湿潤期は夏季後半にだけ相対湿度が極端に高くなる一方、寒冷湿潤期は夏季全体に亘って相対湿度が高いこともわかっている(庄, 2021)。また、中央集権で広域の災害史料が収集された中国に対し、地方分権であった中世日本の史料は京都や鎌倉などの一部の地域のものに偏っているという歴史学的背景があることから日本では局所的な災害の記録が残りにくいと考えられる。そこで本研究では、「1320~30年代には夏季後半の短期間に集中して局所的な豪雨災害が起こったため、広域の災害史料が残っていない日本では災害記録が少なくなった」という仮説を立て、δ18Ocelの年層内変動分析による夏季相対湿度の時間変化の復元と、歴史史料を用いた災害発生状況の時間変化の復元によってこの検証に取り組んだ。
2.方法
まず愛知県豊田市の現生木(ヒノキ、1点)のδ18Ocel を、年層を2分割して測定し、相対湿度の観測データと比較した。次に愛知県清須市の出土材(ヒノキ、2点)の1315~1335年の年層も同様に2分割してδ18Ocel を測定して夏季相対湿度の時間変化を復元した。さらに日本よりも史料数が多いだけでなく、広域の史料が残存している中国の災害記録(主に水害記録)を用いて災害発生時期の月単位の分布から温暖湿潤期と寒冷湿潤期における災害発生状況の比較を行った。
3.結果・考察
現生木の年層内δ18Ocel の前半と後半の差(後半のδ18Ocelから前半のδ18Ocelを引いた値)は、7~8月の平均相対湿度から5~6月の平均相対湿度を引いた差と明確な負の相関を示し (r=−0.51~-0.60)、また、温暖湿潤期に当たる2010年代後半以降には相対湿度の高い時期が夏季後半に偏ることも明らかとなった。同様に温暖湿潤期の1330年前後、(図1:黒い矢印部分)には年層後半のδ18Ocel が前半に比べて特に低い(つまり、夏季後半の相対湿度が特に高い)ことがわかった。さらに、中国でも13~14世紀の日本と同じ時期に温暖湿潤期と寒冷湿潤期が存在し、どちらの時期にも年ごとの災害件数は増加するが災害発生時期の月単位の分布をみると、温暖湿潤期には災害が夏季後半に偏って発生し、寒冷湿潤期にはその傾向が見られないことがわかった。
以上の結果より、寒冷湿潤期には夏季全体を通した長雨によって何度も災害が起きた一方、温暖湿潤期には夏季後半の短期間に局所的な豪雨によってまとめて雨が降ったために、広域の災害史料が残存していない日本では、相対湿度が高いにも関わらず災害(水害)の史料件数が少なくなった可能性が指摘できる。温暖湿潤期において相対湿度が高い時期が夏季後半に偏る理由としては、海水温の上昇が関わっているものと思われる。安成(2018)によると、温暖化による海水温の上昇で水蒸気が活発に蒸発し、大気最下層の水蒸気圧が増加し、飽和状態に近くなるとされており、実際、日本列島南部の海水温は温暖湿潤期に当たる2010年代後半以降上昇している。そして、海水温が高いと海洋からの季節風によって東アジアの陸上に供給される水蒸気の絶対量が夏の後半で特に増えるため、相対湿度が高い時期が夏の後半に偏り、短期集中の局所的豪雨災害が増えるのではないかと解釈できる。
近年、樹木年輪セルロース酸素同位体比(δ18Ocel, 相対湿度と負の相関)の大量・迅速分析技術が進み、気象観測データ、歴史史料と組み合わせた年単位での気候の比較分析が可能となった。その結果、PAGES 2k network (2013)によると1320~30年代には現代に匹敵する温暖化が発生しており、この時期と2010年代以降の日本では共通して、「温暖期であるものの、気温の上昇に伴い低下するはずの相対湿度が反転上昇する」ことが明らかとなった(中塚, 2022)。しかし、歴史史料を用いた災害発生状況の復元においては、中国では寒冷湿潤期と温暖湿潤期に共に災害史料数が増加するのに対し、日本では温暖湿潤期に災害史料数の増加がみられず古気候データから復元された気候状況との間に齟齬が生じている。一方、18~19世紀のδ18Ocel の年層内変動(年層を6~12分割して測定)から、温暖湿潤期は夏季後半にだけ相対湿度が極端に高くなる一方、寒冷湿潤期は夏季全体に亘って相対湿度が高いこともわかっている(庄, 2021)。また、中央集権で広域の災害史料が収集された中国に対し、地方分権であった中世日本の史料は京都や鎌倉などの一部の地域のものに偏っているという歴史学的背景があることから日本では局所的な災害の記録が残りにくいと考えられる。そこで本研究では、「1320~30年代には夏季後半の短期間に集中して局所的な豪雨災害が起こったため、広域の災害史料が残っていない日本では災害記録が少なくなった」という仮説を立て、δ18Ocelの年層内変動分析による夏季相対湿度の時間変化の復元と、歴史史料を用いた災害発生状況の時間変化の復元によってこの検証に取り組んだ。
2.方法
まず愛知県豊田市の現生木(ヒノキ、1点)のδ18Ocel を、年層を2分割して測定し、相対湿度の観測データと比較した。次に愛知県清須市の出土材(ヒノキ、2点)の1315~1335年の年層も同様に2分割してδ18Ocel を測定して夏季相対湿度の時間変化を復元した。さらに日本よりも史料数が多いだけでなく、広域の史料が残存している中国の災害記録(主に水害記録)を用いて災害発生時期の月単位の分布から温暖湿潤期と寒冷湿潤期における災害発生状況の比較を行った。
3.結果・考察
現生木の年層内δ18Ocel の前半と後半の差(後半のδ18Ocelから前半のδ18Ocelを引いた値)は、7~8月の平均相対湿度から5~6月の平均相対湿度を引いた差と明確な負の相関を示し (r=−0.51~-0.60)、また、温暖湿潤期に当たる2010年代後半以降には相対湿度の高い時期が夏季後半に偏ることも明らかとなった。同様に温暖湿潤期の1330年前後、(図1:黒い矢印部分)には年層後半のδ18Ocel が前半に比べて特に低い(つまり、夏季後半の相対湿度が特に高い)ことがわかった。さらに、中国でも13~14世紀の日本と同じ時期に温暖湿潤期と寒冷湿潤期が存在し、どちらの時期にも年ごとの災害件数は増加するが災害発生時期の月単位の分布をみると、温暖湿潤期には災害が夏季後半に偏って発生し、寒冷湿潤期にはその傾向が見られないことがわかった。
以上の結果より、寒冷湿潤期には夏季全体を通した長雨によって何度も災害が起きた一方、温暖湿潤期には夏季後半の短期間に局所的な豪雨によってまとめて雨が降ったために、広域の災害史料が残存していない日本では、相対湿度が高いにも関わらず災害(水害)の史料件数が少なくなった可能性が指摘できる。温暖湿潤期において相対湿度が高い時期が夏季後半に偏る理由としては、海水温の上昇が関わっているものと思われる。安成(2018)によると、温暖化による海水温の上昇で水蒸気が活発に蒸発し、大気最下層の水蒸気圧が増加し、飽和状態に近くなるとされており、実際、日本列島南部の海水温は温暖湿潤期に当たる2010年代後半以降上昇している。そして、海水温が高いと海洋からの季節風によって東アジアの陸上に供給される水蒸気の絶対量が夏の後半で特に増えるため、相対湿度が高い時期が夏の後半に偏り、短期集中の局所的豪雨災害が増えるのではないかと解釈できる。