日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS16] 津波堆積物

2023年5月23日(火) 13:45 〜 15:15 106 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:山田 昌樹(信州大学理学部理学科地球学コース)、石澤 尭史(東北大学 災害科学国際研究所)、谷川 晃一朗(国立研究開発法人産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)、中西 諒(東京大学大気海洋研究所)、座長:山田 昌樹(信州大学理学部理学科地球学コース)、谷川 晃一朗(国立研究開発法人産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)

13:45 〜 14:00

[MIS16-01] 粒子形状パラメータを用いた礫質イベント堆積物研究

★招待講演

*石村 大輔1 (1.東京都立大学大学院都市環境科学研究科地理学教室)

キーワード:礫質津波堆積物、礫、粒子形状パラメータ、円磨度、画像解析

津波堆積物研究では,一般に,津波堆積物の識別のためにイベント堆積物を対象にした堆積学的な記載・分析,古生物学的分析,地球化学的分析などが実施されている(澤井,2012;後藤・菅原,2021;Shinozaki, 2021).一方で,地層中に認められる礫質なイベント堆積物を対象とした分析・解析は限られる.そのため,礫質なイベント堆積物の場合は,津波堆積物か否かを議論するための情報が細粒なイベント堆積物で得られるものに比べて乏しいことが多い.また,日本国内の多くの場所で見つかっている津波堆積物は砂質なことが多く,特殊なセッティングの場合を除き,通常,津波堆積物を構成する粒子1つ1つに着目した分析・解析は行われていない.礫であれば粒子を1つ1つ視認できる一方で,古生物学的分析,地球化学的分析に適していないことが多く,礫サイズの海生生物の遺骸などが含まれていない限りは,詳細な分析を行うことはなく,堆積学的な記載に留まることが多い.そこで本発表では,従来研究では着目されていなかった礫粒子の粒子形状,特に円磨度に着目する.そして,それらの情報を礫質なイベント堆積物から得ることで,イベント堆積物の給源と,さらにはその平面的な分布から過去の津波の規模を推定した研究(Ishimura and Yamada, 2019)を紹介し,粒子形状が持つ情報や他のイベント堆積物への適用の可能性について触れたい.

本研究で用いた粒子形状パラメータはWadell(1932)が定義した円磨度である.本研究ではZheng and Hryciw(2015)で開発されたMATLABコードを使用している.円磨度の他によく利用される形状パラメータ(アスペクト比(Aspect ratio),円形度(Circularity))と比べると,同じ0〜1を取るパラメータであるが,礫を対象にした際に取る実際の値のレンジは円磨度のほうが広い.そのため,ヒストグラムを作成した際に円磨度では認められる多峰性の分布が,上記2つのパラメータでは認められないことがある.このように円磨度は,礫を対象とした際の分解能の高さを持つ.Ishimura and Yamada(2019)では,津波堆積物中の礫のほか,供給源となる海岸と陸上河川の礫についても円磨度の計測を行い,津波堆積物に含まれる礫の給源の割合を計算した.従来,円磨度の測定・推定は手作業や目視によって行われることが多かったが(中山,1954;宇津川・白井,2016),本研究では画像解析を用いることで,従来と比較して10-100倍の数の円磨度データを高速かつ高精度に得ることができた.

Ishimura and Yamada(2019)で扱った岩手県小谷鳥の例では,津波堆積物を構成する各給源の割合を計算すると,海から陸に向かって河川の礫の割合が上昇するなど,混合比の変化が認められた.これは通常の肉眼的な観察では気付けなかったものである.特に浸水距離が明らかになっている2011年東北地方太平洋沖地震津波,1896年明治三陸津波,1611年慶長津波に対比される津波堆積物中の礫の円磨度を海岸からの距離に対して並べると,津波規模(浸水距離)が異なるにもかかわらず,いずれも海岸からの浸水距離の約40%地点において,その混合比が変化すること(河川起源のものが急増)が明らかとなった.これは津波の押し波と引き波による礫の運搬・堆積過程を反映したもので,小谷鳥の地形や津波の入り方などが要因となる地域固有の現象と考えられる.本地域に約1,000年前に襲来した津波の規模は不明であったが,この礫の混合比の変化から,1896年明治三陸津波と同程度の規模(浸水距離)であったことが推定された.また,1地点のデータであっても津波堆積物中の河川起源礫の割合25%を閾値として,試料採取地点が浸水距離の40%地点よりも海側か陸側かを推定することができ,相対的な津波規模の推定も可能となった.一般的に三陸海岸の地形は,海岸から近い距離で高度が増すため,仙台平野などのように津波堆積物の分布から過去の津波の規模を推定することが難しい.しかし,本研究では,このような礫の円磨度分布を解釈することにより,従来法とは全く異なるアプローチで過去の津波の規模を推定することができた.このことは,津波堆積物の新たな研究の方向性を示したと考えている.

上述の傾向は小谷鳥固有のものであると考えられるが,礫質津波堆積物中の礫が持つ情報は給源のみならず,平面的にその特徴を解釈することで運搬過程を理解する助けになる可能性がある.このような変化は肉眼観察では気付けない可能性があり,本研究のような形状パラメータを導入することで礫層に記録されている情報をさらに引き出すことが可能になると期待している.また,未だ礫の形状がどのように変化するのかという基礎的な課題も残っており,基礎研究も並行して実施している.発表では,現在実施している試料採取から解析の手順に加え,基礎的な研究や現在行っているイベント堆積物研究への応用例についても紹介したい.