10:45 〜 12:15
[MIS16-P05] 紀伊半島那智勝浦町八尺鏡野湿地における津波堆積物調査
キーワード:南海トラフ、紀伊半島、津波堆積物、古津波、テフラ
南海トラフ沿岸域では巨大地震に伴う津波が繰り返し発生してきたことが歴史記録や地殻変動、そして津波堆積物の研究によって分かっている。南海トラフ沿いでの巨大地震は約100~200年間隔で発生しており(例えば宇佐美ほか, 2013)、前回の1944年東南海地震および1946年南海地震から76~78年が経過していることを踏まえると、次の巨大地震が差し迫っているものと推測される。一方で過去に発生した津波の浸水規模については不明な点が多い。そこで本研究では紀伊半島沿岸域における過去の津波履歴を解明し、将来発生しうる津波の規模や時期の推定のための基礎データを取得することを目的に、湿地堆積物の分析を行った。
調査は和歌山県那智勝浦町八尺鏡野の海岸線から約1.1km内陸の湿地で行った。湿地の標高は約1.9mで東側を蛇行して流れる二級河川の太田川に面した溺れ谷となっている。湿地の周囲は標高50m前後の丘陵に囲まれ、溺れ谷の出口は標高4~5m程度の砂州状の高まりで閉塞されている。本研究では国立研究開発法人産業技術総合研究所が2019年に掘削した定方位コア試料(採取コア径約95mm)の分析を行うとともに、2022年に孔径約30 mmのハンドコアラーを用いて掘削調査を行った。掘削深度はいずれも約2 m~6 mである。採取したコアからは有機質泥層や泥炭層中からイベント層と考えられる複数の砂層が確認された。
定方位コア試料については、14C年代測定を行うとともに火山灰分析を行った。火山灰分析のための試料はコア内から2~5cm間隔で採取し、超音波洗浄機を用いて泥やシルト等の細粒物を除去した。その後、顕微鏡を用いてテフラの有無を確認した。その結果、標高約1.5m地点、0.5m地点およびマイナス4.0m地点において複数のクリプトテフラが検出された。これらのテフラについて法政大学が所有する温度変化型屈折率測定装置MAIOTを使用して火山ガラスの屈折率を測定した。測定された屈折率は鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)と天城カワゴ平テフラ(Kg)と矛盾しない値が得られたが、火山ガラスが濃集する層準は無く、14C年代値と異なる部分もあることから全て再堆積したものであると判断した。しかしながら、イベント層との上下関係などから堆積年代の絞り込みには有用である。
発見されたイベント層のうち、特に内陸部へ広く追跡できるイベント層が5層認められ、下位から順にE1.1~E1.3、E2.1~2.2と番号を付した。それぞれの砂層の堆積年代は14C年代値とテフラの層位より、今のところE1.1が約7200~5200cal B.P.、E1.2が約5400~5200cal B.P.、E1.3が約4500~4200cal B.P.、E2.1は約4000~3800cal B.P.、E2.2は約2700~2300cal B.P. と推定されるが、今後さらに精査していく予定である。これらの砂層は大局的に見て内陸薄層化・細粒化し、一部に級化・逆級化構造が見られることから何らかの突発的な水流で運搬され堆積した可能性が高い。さらに最下部のE1.1からは有孔虫が観察されたほか、マッドドレイプが存在することから、高潮もしくは津波による堆積物である可能性が高いと考えられる。
発見されたイベント層が津波起源であるかどうか探るため、過去の海岸線の位置の検討と気象庁によって公開されている過去70年間の高潮記録との比較を行った。過去の海岸線の位置は宍倉ほか(2008)で示されているヤッコカンザシ(Pomatoleios kraussii)の分布高度と年代値を基に推定した。これらの比較結果を踏まえると、調査対象地域に厚さ数cmもの砂層を供給する要因として津波が有力であると考えられる。さらに前杢・坪野(1990)や宍倉ほか(2008)の地震性隆起の先行研究で示されている年代値と本研究における砂層の形成年代を比較し、多くの砂層について年代値の対比が可能であった。以上の議論より、本研究で発見されたイベント層は津波堆積物である可能性が高いと判断される。しかし、現在のところ当該イベント層が高潮堆積物である可能性も否定はできないため、今後はより良質なコアサンプルの採取と珪藻化石分析等による古環境のより精密な復元によって検討を進めていきたい。
調査は和歌山県那智勝浦町八尺鏡野の海岸線から約1.1km内陸の湿地で行った。湿地の標高は約1.9mで東側を蛇行して流れる二級河川の太田川に面した溺れ谷となっている。湿地の周囲は標高50m前後の丘陵に囲まれ、溺れ谷の出口は標高4~5m程度の砂州状の高まりで閉塞されている。本研究では国立研究開発法人産業技術総合研究所が2019年に掘削した定方位コア試料(採取コア径約95mm)の分析を行うとともに、2022年に孔径約30 mmのハンドコアラーを用いて掘削調査を行った。掘削深度はいずれも約2 m~6 mである。採取したコアからは有機質泥層や泥炭層中からイベント層と考えられる複数の砂層が確認された。
定方位コア試料については、14C年代測定を行うとともに火山灰分析を行った。火山灰分析のための試料はコア内から2~5cm間隔で採取し、超音波洗浄機を用いて泥やシルト等の細粒物を除去した。その後、顕微鏡を用いてテフラの有無を確認した。その結果、標高約1.5m地点、0.5m地点およびマイナス4.0m地点において複数のクリプトテフラが検出された。これらのテフラについて法政大学が所有する温度変化型屈折率測定装置MAIOTを使用して火山ガラスの屈折率を測定した。測定された屈折率は鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)と天城カワゴ平テフラ(Kg)と矛盾しない値が得られたが、火山ガラスが濃集する層準は無く、14C年代値と異なる部分もあることから全て再堆積したものであると判断した。しかしながら、イベント層との上下関係などから堆積年代の絞り込みには有用である。
発見されたイベント層のうち、特に内陸部へ広く追跡できるイベント層が5層認められ、下位から順にE1.1~E1.3、E2.1~2.2と番号を付した。それぞれの砂層の堆積年代は14C年代値とテフラの層位より、今のところE1.1が約7200~5200cal B.P.、E1.2が約5400~5200cal B.P.、E1.3が約4500~4200cal B.P.、E2.1は約4000~3800cal B.P.、E2.2は約2700~2300cal B.P. と推定されるが、今後さらに精査していく予定である。これらの砂層は大局的に見て内陸薄層化・細粒化し、一部に級化・逆級化構造が見られることから何らかの突発的な水流で運搬され堆積した可能性が高い。さらに最下部のE1.1からは有孔虫が観察されたほか、マッドドレイプが存在することから、高潮もしくは津波による堆積物である可能性が高いと考えられる。
発見されたイベント層が津波起源であるかどうか探るため、過去の海岸線の位置の検討と気象庁によって公開されている過去70年間の高潮記録との比較を行った。過去の海岸線の位置は宍倉ほか(2008)で示されているヤッコカンザシ(Pomatoleios kraussii)の分布高度と年代値を基に推定した。これらの比較結果を踏まえると、調査対象地域に厚さ数cmもの砂層を供給する要因として津波が有力であると考えられる。さらに前杢・坪野(1990)や宍倉ほか(2008)の地震性隆起の先行研究で示されている年代値と本研究における砂層の形成年代を比較し、多くの砂層について年代値の対比が可能であった。以上の議論より、本研究で発見されたイベント層は津波堆積物である可能性が高いと判断される。しかし、現在のところ当該イベント層が高潮堆積物である可能性も否定はできないため、今後はより良質なコアサンプルの採取と珪藻化石分析等による古環境のより精密な復元によって検討を進めていきたい。