日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS17] 地球科学としての海洋プラスチック

2023年5月26日(金) 15:30 〜 17:00 オンラインポスターZoom会場 (12) (オンラインポスター)

コンビーナ:磯辺 篤彦(九州大学応用力学研究所)、川村 喜一郎(山口大学)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、土屋 正史(国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/26 17:15-18:45)

15:30 〜 17:00

[MIS17-P09] 赤外分光法による生体内スモールマイクロプラスチックの定量分析に係る方法論的課題の改善

★招待講演

*田野入 開1、エデュアルド バリエントス1中野 知香2、荒川 久幸1、横田 賢史1 (1.国立大学法人東京海洋大学、2.九州大学応用力学研究所)



キーワード:スモールマイクロプラスチック、化学処理、方法論、効率性、調和化

<背景・目的>
世界中で発見される「マイクロプラスチック(Microplastics, MPs)」は、理論上世界中の水圏生物における取り込みが生じていると考えられる。しかし、その実態を捉えるためには大量の試料を分析する必要があり、分析効率の向上が求められる。特に、国連の海洋汚染専門家会議であるGESAMPは技術的側面から粒径が10-100 µmのMPsを「スモールMPs(S-MPs)」と定義し(GESAMP, 2019)、これより小さなMPsとともに検出技術の難しさと技術的改善の必要性を強調している。
赤外分光法を用いた生体内S-MPs分析における課題は大きく2点ある。1つ目は前処理における統一性の問題である。現行では各々が生体試料それぞれに適した分析を行っているため、精度や再現性の差異から結果の客観性の担保や量的な比較を困難にしている。2つ目は前処理における効率性の問題である。顕微鏡型FTIRの面分析によるS-MPs検出時、一般に測定試料の大半は夾雑する生物由来有機物(Organic Materials, OMs)であるため、測定時間は前処理におけるOMs分解効率に依存する。一方、現存手法は最高効率(Löder et al., 2017の手法)でも約1.7 %のOMsが残留し、測定時間の長期化を招いている。
以上の背景より、我々は生体内S-MPs分析における統一性と効率性の両立を目指し、前処理法の改良に取り組んだ。はじめに既存の前処理法を見直し、専用の反応容器を作成した。次に種々の天然・人工試料をモデルに、作成した前処理法の再現性と効率を検証した。最後に沿岸生態系の代表として東京湾の干潟である鶴見川河口干潟生態系を選出し、堆積物、藻類、9種の動物試料を用いて手法の汎用性を評価した。
<材料・方法>
前処理法の決定・反応容器の作成:既存の方法を参考に、種々の添加物とともに6工程と3回の濾過を含む前処理法を作成した。各工程間の容器の移し変えを起因とする試料損失を防ぐため、フッ素樹脂からなる「筒式MPs分離器(特許出願済)」を作成した。
再現性と効率の検証:物理的損失の検証は直径約50~500 µmの人工球形ポリスチレン粒子を用いて、反応前後の粒子数を比較して行った。化学処理による粒子破壊の検証は市販のポリ塩化ビニル・アクリル・6ナイロン板を鋸で削って得た粒子を用いて、反応前後の粒子形状指数を比較して行った。有機物分解効率は鶴見川河口干潟で採取したボラMugil cephalusのミンチおよびヨシPhragmites communisの茎粉末を用いて、反応前後の脂質・総アミノ酸・総ヘキソース含量を比較して行った。
実サンプルによる汎用性の評価:試料採取は2021年5月に鶴見川河口干潟にてMPsの外部汚染に注意を払って行った。上記の手法を用いてMPs測定を行い、生体由来物質の分解状況がMPs検出の妨げとなっていない水準であるかを確認した。
<結果・考察>
物理的損失は粒径と回収率に正の相関を有し、98.4 %に漸近線を持つ指数曲線に回帰した。全体の回収率は約85 %であり、先行例と同様の回収性であった。化学的影響はアクリル粒子における微細構造の有意な変化を確認したが、MPsの検出には問題ない誤差であると判断し、手法の精度・再現性は十分であるとした。OMs残留率は全体平均で約0.7 %であり、最高効率の上記従来法よりさらに約60 %の効率化に成功した。成分別では総ヘキソースの残留率が高い傾向にあり、炭水化物の残留のしやすさが示唆された。したがって、さらなる効率向上には多糖類分解酵素の使用が有効と考えられる。実環境試料に作成した手法を用いた結果、フジツボ類を除き10種類の試料で良好な生体構造の破壊が生じ、S-MPsを確実に測定できることを確認した。フジツボ類は大きな外骨格が残留し、S-MPsが隠れ測定不能になると懸念されることから、手法の適用は不可と判断した。原因は脱灰が不十分であるためであり、カルシウムキレート剤を加えた改良手法を適用したところ外骨格が溶解し、S-MPsの測定が可能となった。以上より、本研究で作成したカルシウムキレート剤を含む前処理法は沿岸生態系におけるMPs分析の統一化に成功し、分析効率を向上させることができたと結論付けた。次なる課題は深海生態系や陸圏試料への応用であると考えている。