日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS19] 冷湧水・泥火山・熱水の生物地球科学

2023年5月21日(日) 10:45 〜 12:00 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、井尻 暁(神戸大学)、土岐 知弘(琉球大学理学部)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)、座長:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、井尻 暁(神戸大学)

11:30 〜 11:45

[MIS19-04] 種子島沖海底泥火山群からの溶存有機態炭素の放出

*吉崎 結衣1星野 辰彦2松井 洋平2川口 慎介2井尻 暁1 (1.国立大学法人神戸大学、2.国立研究開発法人海洋研究開発機構)


キーワード:海底泥火山、溶存有機態炭素、溶存メタン

海底泥火山は,高間隙水圧をもった海底下深部の堆積物が泥ダイアピルとして上昇し,海底に噴出した小丘であり,海底下深部で生成したメタンなどの物質の放出源となっている.海洋深層の溶存有機態炭素(DOC)は,難分解性で約4000〜6000年にも及ぶ滞留時間をもつ巨大な炭素リザーバーとなっている.DOCの起源は,海洋表層で光合成プランクトンによって生産され,食物連鎖を経て深層へ沈降する粒子状有機物の微生物分解であると考えられている.最近の研究では,メタン湧水域の表層堆積物内で,地下微生物によるメタン酸化に伴う副生成物としてDOCが生成され,海洋に放出されることで海洋の炭素循環に寄与している可能性が指摘されている.海底泥火山はメタン湧水域の一つであるため,DOCを放出している可能性がある.しかし,海底泥火山から放出されているDOCについては,観測された例がない.本研究では,海底泥火山直上の海水と泥火山堆積物中の間隙水のDOC濃度を測定し,海底泥火山からのDOCの放出の有無を明らかにすることを目的とする.
2021年12月~2022年1月に東北海洋生態系調査研究船「新青丸」KS-21-27次航海において種子島沖海底泥火山群を調査した.MV#08(30°45’N,131°36’E),MV#10(30°23’N,131°24’E),MV#15(31°03’N,131°4’E)と番号がつけられた泥火山にて,CTDロゼット採水システムにより海水試料を,ピストンコアラーにより堆積物コアをそれぞれ採取した.海水試料と堆積物から抽出した間隙水試料中のDOC濃度を,高温接触酸化法を用いた全有機炭素計により誤差±1.8%の高精度で測定した.また,海水試料については,溶存CH4濃度とその炭素同位体比を測定した.
海水中のDOC濃度は,MV#08の2点の採水地点(M8-1[山頂直上],M8-2[山頂から南西約320 m])では,海底付近で最も高く,水深の浅い方向に向かって減少していた.この鉛直分布は,海底からのDOC放出を示している.定常状態での渦拡散を仮定し,DOCの濃度勾配から求めた鉛直方向へのDOCフラックスはM8-1が42×103 μmol m-2 d-1,M8-2が20×103 μmol m-2 d-1であった.山頂(M8-1)を中心にM8-2までの距離を半径とした円状の範囲(0.32 km2)で山体から一様にDOCが染み出ていると仮定し,DOC放出量を求めると,1.2×102 kg C d-1であった.この値は,世界で最もDOC放出量が多いバンクーバー沖のメタン湧水域(0.5 km2)のDOC放出量(5.6×102 kg C d-1)と同程度である.一方,MV#10,MV#15では明らかなDOC濃度の上昇が見られず,DOCの放出が確認できなかった.
間隙水中のDOC濃度は,調査を行った全ての泥火山で,海底付近で最も低く,深度の増加に伴って高くなっていた.この鉛直分布は,泥火山堆積物深部から海底へのDOCの拡散,海洋への放出を示唆している.定常状態での堆積物中の分子拡散を仮定し,海底表層のDOCの濃度勾配から求めたDOCフラックスは,MV#08は36 µmol m-2 d-1,MV#10は182 µmol m-2 d-1,MV#15は21 µmol m-2 d-1であり,他の海域で報告されている通常の海底堆積物からのDOCフラックスと比較して大きく変わらなかった.
海水中の溶存CH4濃度は,MV#08では,海底付近での濃度変化が見られず,MV#10,MV#15では,海底付近で濃度の極大を示した.この鉛直分布は,MV#08からはCH4がほとんど放出されておらず,MV#10,MV#15からはCH4が放出されていることを示唆する.
種子島沖海底泥火山からのDOC濃度分析の結果により,間隙水試料からは全ての泥火山からDOCの拡散が確認され,MV#10が最もフラックスが大きかった.これに対して,海水試料からはMV#08でのみDOCの放出が確認された.これらの違いは,MV#10,MV#15の堆積物から放出されたDOCが易分解性であり,海底表層または海水中で速やかに分解され,海水中では検出されなかった可能性を示している.一方,海水中へのCH4の放出は,MV#08からは確認されず,MV#10,MV#15からは確認されたため,海水中へのCH4の放出とDOCの放出は相関しないことが明らかとなった.
本研究により,DOCが海底泥火山から海水中に放出されていることを鉛直採水により初めて発見した.各泥火山の堆積物試料から求めたフラックスと海水試料から求めたフラックスは大きく異なり,放出されているDOCの分解性が異なることが示唆された.泥火山から放出されているDOCが難分解性であれば,海洋深層のDOCの長い滞留時間(約4000〜6000年)に寄与し,易分解性のDOCであれば,海水中の微生物の重要なエネルギー源となっていると考えられる.