日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-TT 計測技術・研究手法

[M-TT38] 地球化学の最前線

2023年5月26日(金) 13:45 〜 15:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設)、橘 省吾(東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 )、座長:鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設)、橘 省吾(東京大学大学院理学系研究科宇宙惑星科学機構)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所)

14:45 〜 15:00

[MTT38-05] ラマン分光法による強度比測定の究極の精度:シミュレーション,実験,理論による影響因子の抽出と同位体比測定への示唆

*萩原 雄貴1横倉 伶奈2山本 順司3 (1.海洋研究開発機構、2.北海道大学、3.九州大学)

キーワード:ラマン分光法、同位体比、流体包有物、雑音、炭素同位体比

背景
ラマン分光法を利用したH2O,CO2,CH4,N2,カルサイト等の非破壊局所同位体分析手法の改良開発が進められている(e.g., Yamamoto and Hagiwara 20221)が,天然試料への応用には未だ程遠い精度である.この中でも比較的研究が進んでいるCO2の炭素同位体比測定精度に関してArakawa et al. (2007)2は1σ = 20‰,Yokokura et al. (2020) 3は1σ = 8.7‰と報告している.Yokokura et al. (2020)3において測定精度が向上した理由として,分光器の焦点距離が長くなったこと,ピクセル分解能の向上,測定時間が長くなったこと等が挙げられるがどの要素が最も測定精度の向上に寄与しているのかは不明である.そこで本研究では,強度比の測定精度への影響力が大きいパラメータを特定するために,光学シミュレーション,実験,理論計算を行った.

手法
まず我々は,光学シミュレーションを行うためにモデルを構築した.このモデルでは,スペクトル分解能,レーザー線幅,波長,センター位置,スリット幅,格子定数,回折格子の幅,分光器の焦点距離,分光器の倍率,half inclusion angle,ピクセルサイズ,縦ビニング幅,積算回数,CCD感度,ダークノイズ,リードアウトノイズ等,様々なパラメータが変数として割り当てられいる.従って,それらのパラメータに任意の値を指定すると,その条件を反映したスペクトルが生成される.各条件でCO2のラマンスペクトルを模した100-300個のスペクトルを生成し,フィッティングを行いスペクトル特性とそれらの不確定性を決定した.この一連の作業を様々な条件で繰り返し,各スペクトル特性の測定精度とパラメータの関係を得た.次に,実験では高圧光学セルに30 MPaの圧力で封入したCO2流体を,回折格子,露光時間,読み出し回数,読み出し速度,ゲイン等の分析条件を変化させながら繰り返し測定を行い,スペクトル特性とそれらの不確定性を決定した.最後に,いくつかの近似を導入しPure GaussianとPure Lorentzianプロファイルを持つスペクトルの強度比の不確定性を推定する.そのために以下の7つの仮定をした:1) ノイズの分散はすべての点で信号と等しい.2) ピクセル分解能は一定.3) ピークがサンプリング領域の外側でほぼゼロになる.4) 測定誤差はガウス分布である.5) 関数がΔxのステップで十分に密にサンプリングされ,積分によって総和がうまく表現される.6) ベースラインの不確定性は無視できる.7) 隣り合うピークは互いに干渉しない.その結果,実現可能な最高の強度比の測定精度σαIG(Gaussian)とσαIL(Lorentzian)は強度I,バンド幅Γ,ピクセル分解能Δxの関数として以下の式で記述できることが示された.
σαIG =[(ln2/π)1/2(16αI/7Is){(Δxw/Γw)+αIxs/Γs)}]1/2
σαIL ≒[(0.77αI/Is){(Δxw/Γw)+αIxs/Γs)}]1/2
ここで添え字の”w”と”s”はそれぞれ弱いピークと強いピークのスペクトル特性を意味する.また,αI= Iw/Isである.分光器の焦点距離f,検出器のピクセル幅wCCD,格子定数k,half inclusion angle α/2,波長λを使うとσαIGは以下のように書き換えられる.
σαIG =[(ln2/π)1/2(16αI/7Is){kwCCDcos[(α/2)+sin-1[λw/2kcos(α/2)]/w+αIkwCCDcos[(α/2)+sin-1[λs/2kcos(α/2)]/s}]1/2

結果
シミュレーション,実験,理論計算から1) 弱いピークの強度,2) ピクセル分解能とバンド幅の比,3) 飽和度,4) (リードアウトノイズ+ダークノイズ)/ショットノイズ,の4つの要素が強度比測定において重要であることが明らかになった.Γwxw << (Γsxs)/αIの場合,弱い方のピーク強度をn2倍,若しくは半値幅より上のデータ点数をn2倍に増やせば強度比の測定精度がn倍良くなる.

1 J. Yamamoto and Y. Hagiwara, Anal. Sci. Adv. 2022, 3, 269-277.
2 M. Arakawa, J. Yamamoto, and H. Kagi, Appl. Spectrosc. 2007, 61, 701-705.
3 L. Yokokura, Y. Hagiwara, and J. Yamamoto, J. Raman Spectrosc. 2020, 51, 997-1002.